私が担当する「歌のない歌謡曲」はきょうが最後でした。

最後の放送は「佐渡の朱鷺のお話」こんな内容です。

 

今から20年前(1999年)、日本に生息していた朱鷺は

佐渡で捕獲されたキンという名の1羽になっていました。 

キンちゃんの子孫を残したいという願いは叶わず、

佐渡トキ保護センターの金子良則獣医は

「せめて朱鷺の卵だけでも中国から譲ってもらい、

孵化させることはできないか…。」と考えていました。

 

ちょうどそんな頃、金子獣医に女の子が誕生。

その珠のようなかわいらしさと

「朱鷺の卵だけでも中国から…」という強い思いから、

金子獣医は赤ちゃんに「珠子」と名付けます。

 

この「歌のない歌謡曲」を担当したての頃、

佐渡の金子獣医のご自宅にお邪魔して

そんなエピソードを取材し、番組でご紹介しました。

以来、金子家の皆さんとは20年のお付き合いをさせていただいています。

 

取材当時小さな赤ちゃんだった珠子ちゃんは、今、20歳。

今年の夏に佐渡で成人式を迎え、来年から看護士さんとして働くそうです。

 

一方、1999年5月21日に誕生し、日本中から祝福された「優優」も同じく20歳。

これまでに60羽以上の子どもたちに恵まれ、優優一族は500羽を超えました。

 

20年の歳月はいろいろなことを変えていきますが、

変わらない思いを持ち、決して夢を諦めない人がいたからこそ

朱鷺がかつてのように大空を舞うようになったのだと思います。

 

 

 最後の「歌のない歌謡曲」は「私が原稿を作りたい!」そう言って

スタッフをギリギリまで待たせてしまいつつも、無事放送できました。

 

そんなきょうは、21回目となる朱鷺の放鳥も行われ

「なんて、出来すぎなフィナーレ!」と、一人勝手に思っています。

 

長らくお世話になりました。皆さん!どうもありがとうございました。   

 

 

・・・とご挨拶させていただきましたが、BSNは辞めておりません。

今はBSNの番組やアナウンサー陣をPRする仕事を頑張っています。

 

 

朱鷺のことを考えると、きっと不可能なことはないのかと。

みなさんも、それぞれの大空へ!