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エンタテイメント アーカイブ

2006年12月25日

山田かおりさん(12/25)

山田 かおり さん (レポーター・ラジオパーソナリティ)

BSNラジオの看板番組「昼ラジ」の中継車スナッピーに乗り、県内に元気な声を届けている・・「りんりん」、こと山田 かおりさん。1_1

誰からも好かれる明るさと物怖じしないキャラクター。行く先行く先で様々な「ひと」に出会い、話を聞くたびに、彼女が感じること・・
     
「新潟って・・どこかアッタカイですよね・・人間も自然も・・みんな。素敵な意味での田舎が、まだいろんなとこで生きてる感じ・・・」

自身も佐渡出身・・親元を離れて頑張る毎日が続く中で中継先のお父さんお母さんとつい仕事を離れて交流しちゃうときもある・・となんともほのぼのとした笑顔で答える山田 かおりさん。
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県民から愛されるキャラクター目指して日々努力。「りんりん」こと山田かおりさんのハートフルな声とトークを皆さんもぜひ一度BSNラジオで聞いてみてください・・ね。

2007年1月22日

斉木としやさん(1/22)

斉木としや さん (ニイガタ・パフォーマンススクール代表)

20070122_1  新潟市・・子どもたちのダンスレッスンに余念のないひとりの男性。
 斉木としやさんは東京キッドブラザースに在籍、退団後はフリーで宮本亜門氏のミュージカルに出演するなど幅広いステージ活動を続けたあと、地元新潟に帰郷新潟の子どもたちから世界を舞台に活躍するようなパフォーマーを育成するべくニイガタ・パフォーマンススクールを開設。
 日々後進の指導に情熱を注ぐ毎日を送っています。
「月並みですけど最後は世界・・舞台にしたいね。」    「新潟(ここ)からでも目指せるんだ・・で始めたわけです、最初は。でも今は新潟(ここ)からじゃなきゃ駄目なんだ・・と(笑)」現在テレビなどで活躍中地元アイドルをはじめ、斉木さんの育てた子どもたちが、新潟から日本・・そして世界を目指す。
 夢見る力を持った子どもたちの後押しをする斉木さんの瞳は彼自身が舞台に掛けた情熱の色そのままに今も輝いているようです。20070122_2

2007年1月29日

滝沢昇さん(1/29)

滝沢 昇さん (農民楽団・セヴンスター楽団バンドマスター)

20070129_2 雪深い小千谷市真人町・・・50年の歴史を持つ楽団があります。
 農家のとーちゃん・かーちゃん・じーちゃん・ばーちゃん・・
メンバー平均年齢は60歳以上のその名も「真人セヴンスターズ」
そのバンドマスターがアコーディオンの滝沢さんです。

 戦後間もない昭和22年・・娯楽の少なかった時代に
真人セヴンスターズは結成されました。
 
 「なんせ、なんも無(ね)かった時代だっけ・・
楽団すると若ーけ(わーけ)連中が喜んでさぁ(笑)」

 まるで昨日のことのように語る滝沢さん。
 
 「昔より人も少(すく)ねなった・・
それでもここが故里だからね。
やっぱ賑やかにしてると違(ちご)ねかね。
これからもやれるまで頑張るこって。」

 今もって地元ではイベントや慰問と引っ張りだこの人気バンド
真人セヴンスターズ・・心意気は天より高く意気込みはいまだ熱い。
今日も明日も熱のこもったステージを県内各地へ届けます。
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2007年2月 5日

カナデフウビさん(2/5)

カナデフウビ さん (ミュージシャン)

20070205_1 新潟のストリート・ライヴシーンをリードしてきた若月勝真と渡辺翔のユニット・・カナデフウビ。
 ご存知、このワンダフル新潟人のテーマ「トビラ」は彼らのファーストシングルです。
 10、000人の署名が集まったら全国デビューとなる
「Ciutch10、000人Campaign」を現在繰り広げている彼らは
毎週末新潟駅前で熱いストリートライヴを展開しています。

 「手ごたえは、感じますよ・・新潟は季節が寒くても雰囲気が熱いし。」
「朱鷺メッセ、あるじゃないですか。新潟で始めたなら
やっぱり朱鷺メッセを満員にするくらいのライヴを・・って思ってます(笑)。」

 かわるがわる夢を語ってくれた二人。
ストリート・ライブに集まる彼らのファンたちの暖かい笑顔と熱い声援に支えられて
いま、その夢へのトビラを懸命に開こうとしている二人に

・・・私たち番組スタッフからも心からのエールを送ります。

頑張って。カナデフウビ。20070205_2

2007年3月 5日

中静祐介さん(3/5)

中静祐介さん (お笑いタレント「ヤングキャベツ」)

1996年 同じ長岡出身の高橋なんぐさんと「ヤングキャベツ」を結成。20070305_1
お笑いの舞台をはじめテレビ・ラジオのレポーターとしても活躍中の中静さん。
トレードマークのヒゲがちょっとキュート・・なんてスタッフに言われるとかw

「食べ物のレポートは難しいですね・・」

BSNテレビののイブニング王国内人気コーナー
県内のおいしい「麺」をレポート、お店紹介する
「感激!めんのすけ」を担当してから
切実にそう思うようになった・・と中静さんは言います。
笑いだけとはまたちょっと違ったものの伝え方。
たとえばその麺を作る人の魅力、味わいなどなど。

「まだまだ勉強して頑張らないと(笑)」20070305_2

スタジオやステージとはうって変わった真摯な表情で答える中静さん。
夢の全国制覇をめざし日々努力の彼に熱い応援を皆さんよろしく!

2007年3月19日

えんじぇるさん(3/19)

えんじぇる さん (バルーンパフォーマー)

新潟市のとある保育園。    
カラフルな衣裳を見にまとった芸人さんが、    
風船を使った芸を園児達に披露しています。     20070319_1
    
えんじぇるさん。    
世界大会準優勝の実績を持つバルーンパフォーマ竏窒ナす。    

「僕の・・ステージを見てくれた皆さんが・・やってみたいな~って
 思ってくれたら最高に・・幸せなんですけどね・・」   

華やかなステージでのパフォーマンスぶりとは対照的に
ちょっと真面目すぎるかな~と思うほど真摯に夢を語るえんじぇるさん。
   
えんじぇるさんが目指すのは、    
子供から大人までが楽しめるエンターテイメント。 
    
次々につくり出されるバルーンアート。    
その数の分、笑顔の数も増え続けて・・・

「新潟でバルーンアートの大会開きたいんですよ・・
 いろんな企画考えて・・たくさんの人に楽しんでもらって・・」

膨らむバルーンの数はそのまま夢の数。
大きな夢の風船が北国の青空を埋め尽くす日も
たぶん・・遠くないことでしょう。
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2007年4月 2日

氏田茂さん(4/2)

氏田 茂さん (CLUB JUNK BOX )

自分のバンドをもっと色んな人に見て欲しい...。     20070402_1
そんな地元新潟のバンドをプロモーションする企画    
「ハミダセメモリーズ」。    
    
そのコーディネイトを行なっているのが氏田茂さん。
新潟市にあるライブハウス「ジャンクボックス」の
ブッキングマネージャーです。         
    
一月に1回程度行なわれているこのイベント、    
その回数も、すでに10回を超えました。

「まず、地元ありき・・だったわけですよね。
 地元のアマチュアバンドを応援せずして
 何が新潟のライブハウスか・・と(笑)」

ライブ前のバンドのリハーサル音が聞こえる事務所。
氏田さんは確信に満ちた表情で熱く語ります。

「ひとつでもこのイベントから巣立ったミュージシャンが出てくれること。
 それが今一番の目標であり願いですね。もっと新潟が熱くなるために。」    
         
新潟を巣に持つミュージシャンの卵が、    
ここから育っていく日も、そう遠くないのかもしれません。

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2007年4月 9日

DJ・Comaさん(4/9)

20070409_1DJ・Comaさん (農業・DJ)

南魚沼市。    
自宅でターンテーブルをあやつる一人の男性。    
    
DJ Comaさん。    
家業である農業に勤しむかたわら    
DJ としても世界をまたにかけて活躍しています.
    
世界的にも有名なDJの大会「DMC」。    
Comaさんは、その大会に2年連続で出場、    
見事「バトル部門」で2006年の世界チャンピオンになりました。

「新潟が好き・・ってことですかね。
 別に東京にこだわらなくてもいいと思うし・・
 地元(ここ)でなければ出来ない音造りってのもあると思うんで。」

「夢?・・音楽兼業農家!(笑)、これですね。」

まもなく稲作もはじまる季節、トラクターで田おこしに勤しむのは世界クラスのDJ
・・ちょっとしたお伽ばなしのようなComaさんの日常。      
    
「世界チャンピオンでも、俺、農家っす(笑)。」

Comaさん!あなたは掛け値なしに真のチャンピオンです。

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2007年4月30日

大倉修吾さん(4/30)

大倉修吾さん (フリーパーソナリティ)

BSNラジオの人気番組「ミュージックポスト」     20070430_1
この3月まで36年間放送され続けてきました。    
    
そのメインパーソナリティが大倉修吾さん。    
どこか懐かしい新潟弁のトークで多くの人に親しまれています。    
    
「自分の喋りには新潟弁というか・・訛りがありますね・・というか直せなかった。
 こういう話す仕事においては重大な欠点にもかかわらず、
 新潟県のリスナーは笑って許してくれました・・有難いことでしたよ・・ええ。」   
    
還暦を過ぎても現役にこだわる大倉さん。    
4月からは新番組「縁歌劇場」をスタートさせました。    
    
「これからも、迷惑かもしれませんが・・
皆さんのね、心のなかに踏み込んで行きたいです。
出来る限り・・やれるところまで・・ね。」

=人の縁(えにし)で川渡る=

大蔵さんの好きな言葉だそうです。
人の縁をラジオを通じてつむぎ続けて36年・・    
大倉さんの思いは、これからも    
電波に乗って沢山の人に届けられていきます。    20070430_2

2007年5月21日

高橋なんぐさん(5/21)

高橋なんぐ さん (お笑いコンビヤングキャベツ)

BSNイブンニング王国の「ヤンキャベの発見ばんばんスクール」。20070521_1
県内各地の学校を紹介しながら
子どもたちの元気あふれる姿と
その土地ならではの暖かな触れ合いを描いて
只今、人気赤丸上昇中?のコーナー。
そのパーソナリティを担当している    
お笑いコンビ「ヤングキャベツ」の一人が    
「高橋なんぐ」さんです。 

「お笑いと学校、教育ってあまり一緒には語られない・・ですよね。
 でも、何か接点って絶対あって・・たぶんそれが大切で・・。
 ああ、ここまで出来るんだ・・ってところまで行きたいですね。」   
       
お笑いコンビとしての芸能活動と平行して    
県内の様々な学校で「お笑い授業」も行っている「なんぐ」さん。    
多くの人たち、とくに子どもたちから親しまれて
付いた呼び名は・・・「金髪先生」。

「僕らのお笑い授業って、参加型の授業なんですよ。
 そこから何か産まれるきっかけを作りたいです。」   
      
「なんぐ」さんの思いが込められた楽しいトークは
たくさんの子どもたちの笑いと感動を伴って    
今日も教室の中へ木霊(こだま)していきます。  20070521_2

2007年6月18日

落合みつをさん(6/18)

落合みつを さん (ミュージシャン・シンガー)

新潟市。    
音楽スタジオでリハーサルを行なう一人のミュージシャン。     20070618_1
    
落合みつをさんは    
2004年にメジャーデビューを果たした    
地元新潟出身のアーティストです。    
   
「生まれ育ったのが=新潟=だから・・
 自然に僕の音楽の中にも=新潟=が入っていて
 全国どこで歌ってもそれを感じてもらってるような気がする・・
 =これが新潟=・・みたいな、ね。」   
    
日本全国で精力的にライブ活動を行なっている落合さん。    
今年の2月にはセカンドアルバム「リセット」も発売されました。

「ボクの思いがボクの音楽、歌に込めてあるんです。
 だから、聞いて何か感じてもらえたら・・それが一番嬉しいな。
 もっと多くの人やいろんな場所でね。」    
    
どこか懐かしいフレーズと熱い思いの歌詞(ことば)
それは・・聞く人をを元気にさせてくれる。
落合みつをさんは、そんな思いがこもった歌を
これからも新潟から発信し続けます。     20070618_2

2007年7月 2日

やまだみつるさん(7/2)

やまだみつる さん (似顔絵まんが家)

新潟市にあるショッピングセンター。    
週末に設けられている似顔絵コーナーが人気です。     20070702_2
    
やまだみつるさんは似顔絵漫画家。    
この場所で描いた(かいた)「顔」の数は    
6000人以上にも及びます。    

「似顔絵っていうのは、描く相手のことがどのくらい好きか・・
 それが描く絵に出てくるんですよね。
 僕の描く絵はだいたい笑顔なんで、出来上がりを見てもらったとき
 え、私ってこんな笑顔出来たの?なんて思ってもらえると嬉しいな。」
    
似顔絵コーナーでのふれあいは、人との新しい出会い。    
それが、そのままラジオ番組にもなりました。
(「やまだみつるのみみかき通信」BSNラジオで放送中)
やまださんの人柄を感じさせるあたたかなトークは
彼の描く似顔絵のような笑顔を思い浮かばせてくれます。    
    
「やっぱり(似顔絵を通じて)笑顔を広げていきたいんです。
 たくさんの人に笑顔になってもらえればな~って
 いつもそう思って描いている・・のかな(笑)。」

ひとりにひとつ・・新潟の笑顔。
やまださんの似顔絵は    
これからも描き(えがき)続けられて行きます。 20070702_1

2007年8月 6日

RANさん(8/6)

RANさん (マンガ家)

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「漫画王国」といわれる程沢山の著名な漫画家を
 生み出し続けている新潟県。   

新潟市内のマンガアニメ専門学校出身の
RANさんもその系譜のなかの一人。
2001年講談社マガジンSPECIAL『陸上防衛隊まおちゃん』でデビュー;
その後も、地元新潟に在住して創作活動を続けています。   

「小さい頃から絵を描いていましたね。
 動物のキャラクターを動かして物語にしたりとか

・・だからマンガ家になりたいって思いは
 すごく昔からありましたし、ぶれなかったです。」

保育園の頃、園で飼っていたハムスターが
僕の絵の最初のモデルだったかも・・

それこそ物心付く前からマンガに魅せられたRANさん。
丁寧な受け答えでインタビューに応じてくれました。
そこにはしっかりとしたプロの表情がありました。

「学校(JAM)に、マンガ雑誌の編集者が来て
 作品を添削してくれて・・ってイベントがあるんですが
 そこで認めてもらったのがデビューの切っ掛けで。
 最初から連載でしたから・・すごく幸運ですね。」

「ただ、僕はまだストーリーが弱いって言われるんで、
 今はそこを育ててもらいながら描いている状態です。
 ファンタジーをこの4月から連載させてもらっていますけど
 どんなジャンルであれ皆さんに認められるものを
 描き続けて自分を高めていきたいと思って・・・。」

「両親や応援してくれた人々の期待に応えるためにももう少し頑張りたい・・
ストーリー性の強いマンガにもこれからは挑戦していきたい・・
新潟の風土なんかを生かしたマンガも出来れば描いてみたい・・かな・・
新潟生まれ新潟育ちですし・・描く機会に恵まれればですが。
まあ、・・新潟弁は作品には使わないと思います・・けど。(笑)。」

RANさんの語るマンガへの思いが、数々のキャラクターや作品となり
私たちの前にこれからも登場し続けることを願って・・心からのエールを送ります。

 
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  ※現在講談社月間シリウスでファンタジー漫画「メイド戦記」を連載中。
   「陸上防衛隊まおちゃん」ともども機会がありましたら
   皆様、是非ご一読を・・・宜しくお願いいたします。
                 番組プロデューサー拝。

2007年10月22日

金子ボボさん(10/22)

金子ボボさん (新潟市 お笑い芸人=NAMARA=・保育士)
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南魚沼市のとある小学校,・・教育活動の一環として
笑いを取り上げた、通称お笑い授業が行われています。
     
先生を勤めるのは、新潟のお笑い集団NAMARAに所属する
お笑いコンビ「きぬがさ」・・・その一人金子ボボさんは     
新潟市で保育士として勤務するかたわら、芸人として活動しています。     
     
「保育士をやってて、なおかつお笑い芸人である、ってところに
 僕なりの意味はあったんですよね・・多分日本にもそういないでしょ(笑)。」
 
「やっぱり地域に密着した・・大衆演芸を目指したいですね。
 新潟ってみんな大人しいじゃないですか・・だから
 僕が10発信したら、10きちんと帰ってくるようなところまで
 笑わせられたら最高なんでしょうね・・」
 
「僕の笑いから何を感じてほしいか・・ですか~?
 ちょっと難問ですが・・・何というか、お茶の間を感じてほしいですね。
 子ども・大人・おじいちゃん・おばあちゃん・・皆そろって笑って。
 そんなお笑いの空間が出来れば、と思っています。」

 たくさんの人に笑いを届けたい・・・そんなスタンスで  
金子さんのステージは、子供向けからお年寄り向け・・と
県内各地で幅広く行なわれています。    
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「新潟で育ててもらって、これからも新潟とかかわっていくんだろうな・・と。
 まだ、県内行ったことないところ、会ってない人、たくさんありますから、
 そう言う人たちと、生で、ステージを通じて触れ合って笑ってもらう。
 多分この先・・一生かかっても、それをやって行くんでしょうね。」
    
新潟の隅から隅まで元気な笑顔を増やすために・・
老若男女みんなそろって笑える場所を増やすために・・    
金子ボボさんの活動は、これからも続けられて行きます。     
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2007年11月12日

内田光一さん(11/12)

内田光一さん (ミュージシャン・作曲家) 新潟市(旧新津)
 
新潟市にある音楽スタジオ、MPスタジオ。    
レコーディングを行なっているのは内田光一さん。    
地元新潟を拠点にライブ活動なども行いながら
在京キー局(全国ネット)の番組タイトルや    
CMソングの作曲を手がけています。     
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「もともと(旧)新津の生まれですからね。
 16年ほど東京でやってたんですが
 最近もうメール中心の仕事が増えてね。
 都内に居ても顔合わせもない・・なんてことが多いんで
 あ、それなら故郷に居ても同じじゃん・・と(笑)。
 やっぱりね、阿賀野川の向こうに聳える五頭山なんか
 毎日見られると思うと・・・すごくいいね。」
    
帰ってきてなにより判ったことは
=新潟人は優しい=ということかな・・
時折新津弁のアクセントを交えて語る内田さん・・
・・だから、肩の力が抜けて少し変わった感じもしますよ、僕もね。
言ってるご本人も優しげな新潟人の風情です。
 
内田さんのもう一の顔は郷土をテーマにした音楽ユニット
「越後語り座」のギタリスト・・・東京在住の新潟県出身プロデューサーに帰郷後誘われ参加。   
現在は相馬御風が書いた童話集「良寛様」にメロディーをつけ
演奏と語りのステージを行っています。
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「相馬御風とか良寛さまと言うと・・名前はね、大概知ってる。
 でも細かいこととか知らないんですよ、新潟の人でも。
 良寛さまの思想とか行動とか人となりみたいなもの、
 それを知ってもらえる手助けになればと思って。
 子どもからお年寄りまでみんなにわかりやすい音楽で
 聞いて楽しんで帰ってもらうライブ・・したいですね。
 まあ、詩に曲をつけるのはプロになって結構初めてに近かったんでね
 大体曲先行で作ってたから・・ある意味勉強になります、越後語り座。」
 
これからの目標は?と尋ねた私たちに
あまり大げさには考えてないんだけど・・と言いながらも内田さん・・
 
「CMの音楽って、凄い芸術ってよりは大衆芸能?
 聞く人が楽しんでくれて、クライアントにも満足してもらって
 みんなに喜んでもらえりゃ、ベストなんです。
 それを基本にして、ゆっくり行きたいですね。
 それに、これからは新潟だから作れるようなモノも目指したい。
 ・・・俺も、新潟人ですから(笑)。」
    
帰ってきて新たに確信した郷土への思い...    
その熱意は新潟の地に新しい文化・音楽をを生み出して行くでしょう。
 
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2008年3月 3日

井口勉さん(3/3)

井口勉さん (魚沼市=旧小出町=・小出国際雪合戦仕掛け人) 20080303_1.jpg
  
小出国際雪合戦。 
名前を聞くとちょっとびっくり、な冬の名物イベントは  
地元小出の商工会青年部が主宰しています。    
今年で20回目を迎えました。    
    
井口勉さんは、この小出国際雪合戦、    
日本で最初に行なわれた雪合戦大会の仕掛け人です。
 
「最初は、冬のふるさとを賑やかにしたい・・と思って
 子どものころの遊びの延長で始めたんですがね。
 雪ってものが、ある意味でこの地の=宝=にならないか
 雪の暗いイメージを遊びごごろに帰られないか・・と。」   
    
20080303_2.jpg 20年前に始めたイベントがいまも後継者たちの手で
商工会青年部の手で続いていることが
一番の喜びだし感動ですね、と語る井口さん
    
県内外に「挑戦状」を送りつけた所から始まったこの大会も    
今では、海外組も含め180チームが参加する大きなイベント
夢は大きく参加300チーム、二日がかりの大会に・・
なんてなったらいいですね、と大会を見ながら満足そうです。
  
「雪国の人間はこんなに明るくて、来る人を優しくもてなすんだ、と 
 参加している皆さんを通じて全国に知ってもらえたら・・
 何回もリピートして参加してくれている方々もおられますし
 手前味噌ですが、魅力のあるイベントだぞ・・と胸を張りたいですよ 20080303_3.jpg
 いまはOBですがどんどんバックアップして大きくしたいですね(笑)。」
 
合併して魚沼市となった現在、
近隣の冬のイベントとも融合して
一大冬季イベントまつりを起こすプロジェクトも進めているんですよ・・とも
元気いっぱい語ってくれた井口さん・・
その表情には雪国の少年そのままの笑み。
 
地域や人が輝き続ける為に...
井口さんの活動はこれからも続きます。   

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2008年5月26日

松本卓也さん(5/26)

松本卓也さん (映画監督)080526_1.jpg
 
先月発表された映画「ウミノカド」・・・    
粟島が舞台の自主製作映画です。    
    
監督の松本卓也さんは、    
粟島を題材にした映画を    
3年連続で製作しました。    
    
「最初沖縄の離島で映画撮ってたんですが・・
粟島の島開きに偶然来て・・きっかけはそれですね。
粟島の魅力ですか・・やっぱり=人=でしょうね(笑)。」
    
黒澤明ショートフィルムフェスで準グランプリを受賞するなど、    
松本さんの作品は高い評価を受けていますが    
撮影には島の人達も手弁当で全面協力してくれました。
 
080526_2.jpg「一本目は、単に綺麗なトコ撮って・・って映画で(笑)
 二本目はファンタジーっぽい感じで・・で、三本目になって
 ようやくボクの感じてた粟島を描けたかな・・と。
 やっぱりこの島の最大の魅力・・=ひと=を描いたつもりです
 正直ボクのような低予算の映画しか取れないカントク(笑)に
 何度も付き合って出演だけじゃなく裏方に到るまで・・
 そういう言わば=最高のひと=の暖かさを出せたかな・・と。」
 
三本目にして漸く自分で感じた粟島を語っても
許してもらえるかなあ・・と、思えたんですよ、と
明るく屈託無く話す松本さん。
毎年の島開きにもイベンターとしてのみならず
わっぱ煮の露天の売り子さんもしますよ・・と。
 
「単なる観光客の目で見てもいい景色に美味しいもの
 それになんともたまらない人情味があって・・
 そうですね・・アナログな・・=どアナログ=な最高のいいモノが
 此処粟島には残ってる・・それは凄く感じますね。」
 
「粟島舞台の映画のほうは三本で一応一区切り。080526_3.jpg
 今後は全国で一箇所でも多く上映してもらって
 粟島のよさを広めて、恩返しにしたいなあ。
 もちろん、大きい仕事が出来るようになったら
 絶対此処に来ます・・故郷に錦じゃ無いですけどね(笑)。
 こんな=甲斐性なし=を此処までしてくれた・・粟島に。」
    
松本さんの想いがこもった映像・・・スクリーンに映し出される粟島は
きっとこれからも沢山の人を魅了してくことでしょう。

2008年7月 7日

真季さん(7/7)

真季さん (新潟市 シンガー・アーティスト)
 
新潟の音楽シーンで今注目を浴びている

0800707_1.jpg 女性アーティスト、真季さん。    
  これまでに2枚のCDをリリース。    
 現在地元を中心に全国各地でライブ活動を行なっています。    
     
 「歌を歌い始めたのは中学生のころですね・・
 自分の辛さ悩み・・そんな訴えたいことを歌ってくれる人がいる・・
 じゃあ、わたしもそんな風に歌いたい・・と単純に(笑)。」
 
中一のときギター買ってもらったんですけど・・
Fのコード弾けなくてしばらく放置してt・・という
暗い過去(笑)もあるんですよ・・と屈託無く笑った真季さん   
テレビやラジオ番組への出演など幅広く活躍するしつつ    
それでも、自身の原点であるストリートライブを欠かすことはありません。     
     

0800707_2.jpg「ずっと新潟で、それこそ16のときから歌ってきて
 応援して聴いてくれるひとたちが増えて・・だから
 新潟に足をつけて歌い続けていきたいんです。
 東京や全国にも当然行って歌うけど・・。」
 
「私の歌って・・すごく明るいって曲は少ないんですよね。
 自分でも迷いとか悩みとか・・理想を追って現実に直面したとき
 どう挫けずに頑張るか・・ってこともテーマだから。
 だから、聴いてくれるみんなが同じように現実に挫けそうになったとき
 私の歌でなにかを得てくれれば・・いいですよね・・やっぱり(笑)。」    
     
新潟の風や海・・雪、
そんな自然や風景は私の歌の中に
しっかりと息づいていると思いますよ
・・今歌っている曲もそういう曲ですし・・
新潟があったからやっぱり私の歌が出来た・・
そう思っていますから・・と語る真季さん
明るい笑顔の中に秘められた強い意志と決意。
 
「だから此処から私の歌を歌っていきたい。
 そして全国のひとに聴いてもらいたいな・・と思います。
 新潟から歌うわたしの=歌=。」
 
 真季さんの歌声に乗せられた「思い」は    

0800707_3.jpg 今日も新潟のストリートから発信されています。

2008年7月28日

丸山健太さん(7/28)

丸山健太さん (三条市・VJ~ビジュアルジョッキー~)  

イベント会場で映像演出や視覚効果を行なう
080728_1.jpg VJ・・・ビジュアルジョッキー。    
 その名をいち早く全国に認知させたのが    
  三条市出身の丸山健太さん。    
     
 「もともと照明と音楽が好きだったんですね・・で、映像へ。
 空間を作って人を喜ばせる・・って言うのがやりたくて。」
 
  新潟を拠点に、国内はもちろん、
 アジア、アメリカなどでも活動を行なってきた丸山さん。    
  新しい映像演出の研究にも力を注いでいます。    
     
 「日本の国境をこえて、絵というモノが
 どういう反応を呼ぶか・・それが一番見たくて
 国外へ出てやってみた結果ですよね・・今の自分は。」
 
新潟に戻った今、一番面白いのは
=にいがたのひと=・・と丸山さん。
助けてもらったことや見てもらっての反応も含めて
ふるさとの=ひと=が今一番の興味の対象・・と語ります。
 
080728_2.jpg「だから・・新潟を表現する映像・・新潟発の映像が
 世界に流れていく、そして世界の何処かでその映像を見て
 =あ、これ新潟のひとが作ったんだよ=と・・思える。
 そういうのが現在目指している表現といううのか・・
 それを求めてるモチベーションは高いですよ・・。」
 
「もうテレビのモニターの画面が綺麗・・とか
 技術的な映像の綺麗さは十二分に、
 今の時代、完成されていると思うんですよ・・。
 あとは、人がどう感動してくれるか
 そういう映像で空間を作っていけるか
 其処がネックですよね・・その点には・・
 いつでも貪欲でありたいなあ、と思っています(笑)。」
 
自分の表現は五感で言えば=喜び=かなあ・・
 
わかりやすい手段・・映像でそれを表現することが
多分・・大げさに言えば=ライフワーク=でしょうね・・。
そう言って微笑む丸山さんは少年のような表情になりました。
080728_3.jpg 
今年はアメリカ中心に渡米、発信をして行きたい・・
 そう決意している丸山さんの映像がつくりだす「未来の空間」。    
 新潟の色をもった新しい空間表現として、
今、確実に、世界のライブシーンへと発信されています。

2008年8月11日

酒井武さん(8/11)

酒井 武さん (ストリートダンススクールSOP主催・ヒップホップダンサー)    

新潟県上越市
ヒップホップダンスのレッスンが行なわれています。    
080811_1.jpg    
指導するのは酒井武さん。
地元を中心に県外でも活動する    
ストリートダンススクールSOP
~スピリット・オブ・プログレス~のリーダーです。
 
「中学校のときテレビ番組で
 一般参加のダンスコンテストがあったんです。
 それを見てかっこいいな・・と思ったのが
 最初の切っ掛けですかね。」
 
今自分ではヒップホップ中心に踊ってますけど
最初はテレビのバレエの舞台なんかも綺麗だなと思って
とにかく踊りたかったんですよ・・と酒井さん。
実家の商売(土産物店)が不振で
悶々としていたとき、心の底から・・・踊りたいな・・
という声が聞こえてきたんです・・とも言って快活に笑います。
  080811_2.jpg   
全国レベルのダンスコンテストでも    
数々の実績を残している酒井さん。    
現在では、舞台の振り付けや学校への出張講師など    
その活動の幅を広げています。    
    
「何よりもポジティヴが重要だと思ってます。
 コンテストに出場することだって
 出るために自分を追い詰めることで自己向上するとかね。
 僕のスクールの名前も(スピリットオブプログレス=前へ進む魂=)
 そういう気持ちを大事にすることから採ったんですけど・・
 何より前向き、一歩前進の気持ちでね(笑)」
 
「これからはダンスを=やる=こと自体に
 意味を持たして行きたいんです。
 だから、僕自身が子供たちに何か教えられる080811_3.jpg
 そういう人間になりたいと思います。
 前向きってことの大切さとか人間関係や礼儀なんかも。
 とりあえずそんな人間になりたいなあ(笑)」
 
30超えちゃったからいつまで現役で踊れるかはわからないけど
コンテストもどんどん出場して、アーティスティックな部分も
きっちり磨いて行きますよ・・と、酒井さん・・・。    
    
消えない情熱がつむぎだすリズムに乗って
沢山の人の元気が上越のダンスシーンから
発信されています。

080811_5.jpg

2008年10月 6日

森下英也さん(10/6)

森下英也さん (アルビレックス新潟場内MC お笑い芸人~NAMARA所属~)
    
新潟市のイベント会場。    
081006_1.jpgクッキングショーが行なわれています。    
司会を務めるのは森下英也さん。    
アルビレックス新潟の場内MCとしても
人気を集める若手お笑い芸人です。    
    
「中学時代はサッカーに夢中だったんですよ・・
 それが高校になって何故かお笑いに目覚めて(笑)
 まあ、小学校の卒業文集には=お笑い芸人=目標・・って
 書いてあったんでまあ目標どおりに来たのかも(笑)」
 
そんな森下さん・・・アルビレックス新潟の場内MCを
勤めるようになったきっかけは、偶然の産物だったと語ります。
 
081006_4.jpg「所属してたNAMARA(ナマラ)に仕事の話忌憚です。
 アルビレックス新潟の場内MCの仕事の話が・・・で、
 そのときNAMARAでサッカー知ってるの僕だけだったんですよ(笑)」
 
ある意味新潟はサッカー不毛の地ってのが幸いしましたね。
そう言って森下さんは、微妙な表情で笑います。
 
「最初は凄く怖かった・・4万人のサポーター前にしてですからね。
 地方のお笑い芸人がそんな客の前に立つことはまず無いでしょ(笑)
 でも、そのうちに気付いたんですね=あ、俺もサポーターと同じだな=って。
 自分も来ているサポーターもアルビが大好きで勝つことが嬉しくて・・
 そう感じたら、その確信が自信に変わっていった感じですよ・・。」
 
「だから、サポーターに何か伝えよう、感じさせようというよりも
081006_3.jpg 自分も一緒になって感じる、叫ぶって感じなのかな・・
 お笑いだってそうですが基本的に共感してないと笑わせられないし
 笑えないでしょ・・そういう感じなんですよ、俺のMCって・・」

幅広い分野での活躍を目指す森下さん。    
ライブ活動やイベント出演はもちろんのこと    
最近では、雑誌や新聞での執筆活動も行なっています。    
    
「新潟のイメージって言い尽くされてるようだけど
 やっぱり内向的じゃないですか・・其れを変えたいですね。
 だから司会やるときでも、野次られるくらいの感じで
 突っ込みどころ満載で、お客さん巻き込んで・・ってのを
 目標にしてるつもりなんですよ・・ネタももちろんそんな感じで(笑)」
 
「仕事だけじゃなく自分が明るく楽しく前向きに・・ね。
 だって自分の人生が楽しそうですねって言われないようじゃ
 周りを明るくするなんて絶対無理でしょう(笑)」    

081006_2.jpg目標は大きく新潟の人をみんな明るく
タイプ違っても関西人の明るさに抵抗できるくらいに(笑)・・    
新潟の元気と明るさと笑いを求めて
森下さんの活動はこれからも続きます。  

2008年12月29日

伝川 光留さん(12/29)

伝川光留(つたがわひかる)さん
081229_1.jpg 新潟市りゅーとぴあ10周年記念ミュージカル 「大いなる遺産」主演。
     
 
 りゅーとぴあの10周年記念ミュージカル「大いなる遺産」。     
 出演者全員が一般オーディションで選考されました。    
     
 その中で、主役の「ピップ」役に抜擢されたのが伝川光留(つたがわひかる)さんです。
 
「応募の切っ掛けはやはり此の市民ミュージカルをずっと見てきて・・以前にも参加していたという事ですか。
 一時はちょっと遠ざかっていたんですが、此の間の・・
 =ハムレット=を見て、改めて、=ああ、ミュージカルやりたいな=・・と(笑)」
     
081229_2.jpg
ふるさと新潟でこういうミュージカルや演劇の=できる=環境が
あるという事自体がとても素敵でありがたいですね・・・
東京の仲間連中にも胸を張って言えますから・・充実してますよ僕は。
 
そう言って明るく笑った伝川さんは新潟大学に在学中。
此の新潟市民ミュージカルに子役として出演して以来
ずっと参加したり見たりしてきたある意味世代なんです・・とも。
 
「難しいですよね・・主役は特に(笑)最後の通し稽古の収録VTR見て落ち込みましたから。
 =俺、全然出来てないじゃない=って・・・(笑)
 でも、本番は上手い下手って言うより演じてる僕たちのね、
 気持ちを、こういう気持ちでやってるんだってのを見てもらえれば。
 いや、見せられれば・・って思うんですよ。」
 081229_3.jpg

公演が行なわれたのは12月中旬。    
 伝川さんは、満員の観客を前に    
 5日間の舞台を見事に演じ切りました。
 
「初めて今回、プロを呼ぶことなしに、新潟の力だけで新潟市民ミュージカルを上演できるんです。
 だから、見る人たちにも。此れは=にいがた=の、本当に新潟のミュージカルなんだよ、と・・知ってほしいです。
 俺たち此処に住んで、ここで此れをやってるんだよ・・って
 新潟ってすごいよって・・胸を張って言わせて欲しい。
 
 今回参加のみんなも今までの市民ミュージカルを見て
 やりたいと思ったメンバーがいっぱいいるんですよね・・だから
 私たちでもこの新潟でミュージカルがやれるんだって事を
 なによりも新潟の皆さんに伝えたい・・そう思ってます。」    
     
 沢山の情熱と思いを集めて・・ミュージカルという文化が    
 ふるさと新潟の地で育まれてきています。
 
 
 
 

2009年1月26日

マーリン渡辺さん(1/26)

1月26日 マーリン渡辺さん (新潟市 マジシャン・保育士)
     
新潟市のショッピングセンター     
090126_1.jpgマジックショーが行なわれています。     
     
マーリン渡辺さん。     
新潟県で唯一の保育士マジシャンとして     
年間50本を超えるライブを行なっています。     
     
「高校時代は農業勉強してました・・・
 で、なんとなく=いのち=を育てる仕事がしたいと。
 其れが僕の場合、保育士だったのかな(笑)」
 
優しそうな表情は子供たちの前で見せる其れ。
そんな渡辺さん、いやマーリンさんが手品と出合ったのは
専門学校での保育実習の頃・・
子供たちを喜ばせる=何か=を探しているうちに
いつしかマジックにたどり着いたんです・・と、これも笑顔で。   
     
子供の為のイベントを開催したりと幅広く活動するマーリンさん。     
保育士としての職業を生かしたそのパフォーマンスは     
絶大な人気を集めています。     
090126_2.jpg     
「相乗効果、マジシャンの僕と保育士の僕・・
 たしかに在りますね、いい影響し合ってると思うなあ。
 
 マジシャンとしては・・お客さんに=不思議=を伝えて
 興味を、マジックに興味を持ってもらうことが
 まず、第一だなと思ってます・・此れは子供たちにも同じなんですね。
 子供たちの成長の過程で興味を持ってもらうことを
 一生懸命考えて一緒に取り組んで・・・
 感性を磨いてもらう足しになればなあ・・なんて思うんです。
 僕のマジックも僕の存在も・・みんな合わせて(笑)。」
 
マジックって実は演者の性格とか凄く出るんですよ
そのせいかな~、僕のマジックショー・・子供たちに一番受けるみたいで。
そう言って本当に楽しそうに笑ったマーリン渡辺さん。
 
「マジシャンとしては子供に喜ばれる、不思議を体験させてあげられるマジシャン
 保育士としてはいつまでも子供たちに好かれる先生が・・目標かな。
 ・・・案外此れって、同じことなのかも知れませんけどね(笑)」
 090126_3.jpg
街角のあちこちで子供たちに夢を...
育児の現場では子供たちに微笑を・・     
マーリンさんの活動はこれからも続きます。    

2009年3月 2日

佐藤 知(あきら)さん (3/2)

佐藤 知(あきら)さん 三味線奏者・新潟市  
    
 「にいがた食の陣、冬の当日座」     
 三味線の路上演奏が行なわれていました。     
090302_1.jpg      
 佐藤知(あきら)さん。     
 地元新潟を拠点に活動する     
 プロの津軽三味線奏者です。     
      
 「母が民謡の仕事をしていまして
幼稚園から民謡歌ってたんです・・
 そうしたらおばあちゃんが凄く喜んでくれて、
  で、そのうち母の仕事についていくようになって・・
  小さい頃から人前に立つのは好きだったなあ。
 
佐藤さんの御両親も民謡のプロ・・そして叔父さんは
音楽ユニット=竹林精舎=を率いて世界的に活躍した
新潟の津軽三味線奏者、故木田林松次さん。
その木田林松次さんの内弟子になった佐藤さんは
高校卒業後本格的にプロの津軽三味線奏者を目指しました。
 
「もっともっと本当に、まず新潟で有名になって(笑)
 津軽三味線の良さをいろんな世代のひとに広めたいですね。
 だから、今は何処でも手当たり次第=弾きまくり=たいです。
 街角でも何処でもボランティアでも・・」
    090302_2.jpg 
自分が師匠から伝えられた音、津軽三味線を演奏することで
自分と同世代や若い世代の人たちに津軽三味線の良さを
知ってもらい、一緒に演奏できる人が出来たら最高なんだけど・・と
一瞬はにかんだように笑う佐藤さんの表情にはまだ若さが漂います。
 
ただ、その津軽三味線にかける思いの熱さは言葉の端々に。
 
「一緒に演奏、したいなあって思ってるんですよ。
 三味線って自分で曲が作っていける・・で、他のジャンル
 ジャズや、ロックや色んな音楽の要素もあるものが出来るんです。
 それをセッションして決まったときの楽しさ・・
 それがハーモニックでガチッとはまったときの物凄い気持ちよさ。
 ・・色んな人に知ってほしいなあ・・(笑)。」
      
 全国大会でも数々の実績を残している佐藤さん。
 とりあえず周りから=もっと焦れ=って言われるぐらい 
 僕はマイペースらしいんですけどね・・と笑いながら
 まず新潟で、自分の土俵を固め、自信を持って初めて
 全国に、世界にと思っていますから・・と謙虚に語ります。
 ただチャレンジは常に続けたいですね・・とも。    
 その言葉どおりこの秋にはCDリリースが予定され
 4月には初のソロコンサートが新潟市内で行なわれます。     
      
「ギターはフレーズに命を宿すって言いますよね。
 三味線も一本の弦、一つの音に魂を込めて弾きます。
090302_3.jpg その音、澄んでいる音、心地よい音を聴いて欲しいんです。
 
「目標は・・・師匠のようなプロになることですね。
 僕にとってはまだまだ雲の上の存在なんですけど。
 
 ・・・死ぬ間際でも、お客さんの前で、普通に笑って
 =べべんっ=って・・弾いて死ねたら・・と思いますね。」     
      
最後にそうきっぱりと言い切った真っ直ぐな眼差し。 
若き実力者が奏でる津軽三味線の音色は     
 これからも沢山の人のこころを打つことでしょう・・・。 

2009年4月27日

ハンナさん(4/27)

ハンナさん (新潟市 シンガーソングライター)   
    
 新潟市内のレストランで     
090427_1.jpg ライブコンサートが行なわれていました。     
      
 歌っていたのはハンナさん。     
 地元新潟を拠点に活動する     
 シンガーソングライターです。     
      
 「母もシンガーでしたし・・親戚にも音楽仕事の人多かったんです。
 歌って人が感動してくれる・・それが仕事になるなら素晴らしいなあって(笑)」
 
最初は働きながらシンガーへの道を歩みだしたハンナさん。
 今では コマーシャルソングから新潟花火のテーマソングまで     
 幅広いジャンルで活躍を見せ、この7月には初のCDもリリースされます。     
      
 「最初は、東京に出なきゃやっぱり駄目かな?って思ったんです。
 でも現在のプロデューサーに出会って少し考えが変わりました。
 ここでも出来る、って言うかここでしか出来ない歌ってあると思うんです。」
 
090427_2.jpg「新潟は暖かいですよね、街もひとも暖かい。
 だから、自分が作るメロディーも暖かくなる・・新潟の影響かな。
 でもその暖かさの中にも時に強さ、例えば冬・・雪凄いじゃないですか(笑)
 それに耐えて生きてる強さ・・そんなところの影響って強いですよね。」
 
「自分で作る曲はバラードが多いのかな、
 でも歌詞は色んな捉えられ方が出来るように書いてるかも。
 感動して欲しくもあり泣いて欲しくもあり・・聴く人によって(笑)
 そのときの聴き手の感情で幾つも違う感じを与えられたらって
 思いながら曲つくってます・・毎日(笑)。」
 
新潟から全国へ発信できる歌を作りたい。
特に最近世の中元気ないから元気を与えられる歌を・・
そう言ってハンナさんは優しげに微笑んで首を傾げました。
 
「新潟をやっぱり、離れたくないんですよね。
 東京で活動できるようにななっても090427_3.jpg
 新幹線で通おうかな(笑)くらいの気分なんです。
 ここ(新潟)にいると、曲が書けるんです・・素直に自然と。
 
「おばあちゃんになっても・・ここで曲作って歌っていたいです。
 全国に向けて、歌のどこかに新潟のよさが隠れてるような歌。
 それを全国に発信していければいいなあ・・。」

 新潟で育まれた優しい歌声は
 これからも、たにくさんの人に届けられるこでしょう。

2009年9月21日

相川瞳さん(9/21)

相川瞳さん (シンガー 新潟市)  
     
新潟市にあるとあるレストラン。      
ライブコンサートが行なわれています。      
       090921_1.jpg
相川瞳さんは      
佐渡出身のシンガー。      
新潟市を拠点に活動しています。      
       
「以前は佐渡が嫌いで仕方なくて・・(笑)
で、県外に出て唄ってたりしたんですけど。
出て初めて=良さ=判るんですね・・故郷。
生まれ故郷って、ずって変わらないものじゃないですか。
そこに愛情を注げるって素晴らしいことかなあ・・と。
ふるさとに愛されてまた愛していると言えることが。」
 
客観的に聞けばわたしの声は=泥臭い=と思います。
そういって笑う相川さん・・歌うたびに浮かぶイメージは最近では
すっかり故郷の風景や自然、思い出だ・・と語ります。
 
090921_2.jpg「空が青くて、大佐渡の山に夕日が沈む。
すごい大きな風景なんですよ、傷ついたときも癒されるというか。
此れが多分わたしの歌の現在の原動力かなあ(笑)。」
 
地域のイベントやお祭りのステージにも積極的に参加する相川さん。      
この秋には、ふるさと佐渡のシンボルである      
 「朱鷺」をモチーフにした新曲もリリースされます。 
 
「最初、だから故郷のことを歌うのは嫌だったんですね。
 外に出て行った頃・・でも、その外で過ごした時間、10年くらいかな?
 そこで生まれ故郷って何なんだろ?と、考えることが出来た。
 で、今は=ふるさと=のことが歌いたくて仕方が無いくらいになりました(笑)。
 そういう意味で得がたい日々だったんでしょうね、ふるさとを離れたことも。」     
       
・・・そして、今、CDを出す事やそれが売れることも大切だけど
だけどそれ以上に大事なことは・・誰かの前で歌うこと。
 
そう言って相川さんは屈託のない表情で明るく笑いました。
 090921_3.jpg
「ともかく私、歌うことがなにより好きなんです。
そしてその歌を聴いて=ああ、いいなあ=って
言ってもらえることが一番なんです・・。
歌える場所があってそこで歌って生きていけるなら
それ以上の幸せはないなあ、っていつも思います。
オリジナルでもカバーでもみんな、
全部が大切な=わたしの歌=なんですから。」      
       
ふるさと佐渡が育んだ歌声に心からの=愛=を込めて。
 
相川さんの歌声はこれからも新潟のあちこちで
聴く人のこころに響いていくことでしょう。      

2009年10月16日

福崎早央里さん(10/16)

福崎早央里(さおり)さん  (上越市・バルーンデコレーター)
    091016_1.jpg
色とりどりの風船が、組み合わせられ形を変えていきます。     
     
福崎早央里さん。     
地元上越市を拠点に活動する    
バルーンデコレーターです。     
     

「始めたきっかけは・・・インターネットの検索なんです(笑)。
元々風船が大好きだったりしたのもあって。」 
 
バルーンの魅力に惹かれて始め、
地元上越にはバルーンで魅せる仕事が無いな・・と
思ったらもう堪らず以前の仕事を辞めて地元へ。
今のバルーンデコレートのスタジオを開いた福崎さん。
 
091016_2.jpg「東京だと、結婚式のデコレーションとかで
普通にバルーン使うんですよね、
でもこっち(上越)はまだ・・
正直存在も知られていないような感じだったから。
自分がいいなあ綺麗だな楽しいなと思ったものをまず、多くの人に知ってもらいたくて・・笑)。」
 
結婚式場の装飾からイベント会場でのパフォーマンスまで    
幅広く活動する福崎さん。    
バルーンアートの魅力を多くの人に伝え続けています。    
     
「まず、上越が大好きなんです(笑)。だからみんなに知ってもらいたくて、
バルーンは楽しいよって。」
 
バルーンデコレートはインパクトのあるものだから
例えば結婚式に使えば、式の彩りだけに留まらないで
式自体がすごく個性のあるものになるのが魅力なんですよ・・
 
福崎さんは本当に楽しそうにバルーンの魅力を語ります。
 
「まず、バルーンって、風船って=笑顔を作れる=んです
 割れるかな~って怖がる方もほんの少し居るけど(笑)。
 見てくれた人が驚いたり、感動したり、楽しいキモチになってくれる。
 大人の人も、子供みたいに、作ってるところとか見ると
 本当に楽しそうに=笑顔になって=くれるんです。」
 
そう言って福崎さんも少女のように笑いました。
 091016_3.jpg
「まだ上越で始めて・・3年経ったところなんです。
最近は見てくれる方のリクエストに応じて作ってみたり・・
ようやく出来るようになってきたのかな・・と。
 
たくさんの人にこのバルーンデコレート、まず知ってほしいですね。
で、たくさんのひとの驚きと笑顔がいろんな場所を埋め尽くすくらいまで
頑張って造り続けてみたいなあ・・と思っています。」
 
今はまだバルーンデコレーターとしては30%だから
自分の目標はまず=100%達成=かな?
 
そう言ってまた笑った福崎さん。
 
だって、たくさんの人を笑顔にしたいから・・・    
福崎さんの活動はこれからも続きます。    

2009年10月23日

佐藤祐亮さん(10/23) 

佐藤祐亮さん (新潟市 シンガーソングライター)。      
 091023_1.jpg
新潟市内のとあるカフェ・・・    
ライブコンサートが行なわれています。    
     
ステージに立つ佐藤祐亮さんは
ここ新潟を拠点に活動する    
シンガーソングライターです。    
     
「中学くらいでしょうか・・ミスチルとかゆずに影響されてギターを始めたんですけれど・・そのうちにコピーじゃ・と。
カバーじゃない何か曲を作りたくなりまして・・・
やっぱり自分で生み出して伝えていく喜びに目覚めたというか(笑)
シンガーになるきっかけでしたね。」
 
佐藤さんの出身はお隣の山形県。
新潟の大学進学してちょうど1年目に
音楽事務所からスカウトされました。
 

「新潟に来ようと思ったこと自体が
運命的だったかも知れませんね。
子供の頃はいつも海水浴に来たり 
恩師が新潟出身だったりしてましたから。
実は大学に入学する前、一旦音楽から離れてたんです。
それをまた引き戻してくれたのは=新潟=であり
=新潟で出合ったひと=なのかな、僕の場合。」
 
091023_2.jpg以来新潟に本拠を置き活動を続け
2008年にはファーストアルバムをリリースした佐藤さん。 
 「心を癒す歌声」と称される楽曲と歌は多くの地元ファンの共感を呼んでいます。    
     
「音楽で=恩返し=がしたいのかな、新潟のひとに。
だから、ここが拠点なんです、今までもこれからも。」
 


自分の大学在学時代、地震に水害と大きな災害に見舞われた新潟。
被災地の支援復興コンサートなどのステージで歌った経験が今の活動にも大きく影響しているかも・・と佐藤さんは語ります。    
     
「そういうステージで、聞いてくれた方から言われた=ありがとう=・・
それが音楽の力を思い知らせてくれる切っ掛けでしたし
いまの自分の原動力にもなっていると、思いますね・・。
 
僕の歌は基本的には=ラブソング=なんです。
歌詞としては好きだとか失恋の哀しさとか・・なんですけど
本当に伝えたいことがあるとしたら・・・
=大切なモノは一番近くにある=のを気づいて欲しい・・・そういうことかな。
 091023_3.jpg
よく、長く付き合うとどんな熱烈な恋人同士でも
=空気みたいな存在=になるって言うじゃないですか。
でも、そんな時こそ最初の思いを蘇らせる切っ掛けになるような
・・大切な何かを改めて思い出す切っ掛けのメッセージになればなあ・・と。
 
で、それって・・本当にかなえたい夢に気づいてほしい・・
というメッセージでもあるんですね、僕の歌で(笑)。
 
夢は・・もちろん全国の大きな会場のライブもしたいですし、
世界で歌えればもっと凄いと思います、でも、それ以上にここで
一人一人僕の歌を聞いてくれたひとたちに夢に向かう勇気を、ね。
それに気づいてもらえるならどんな場所で歌ってもいいんです。」
  
誰しも目の前にあるモノは見落としがち・・特に本当に大切なモノは。
人も思い出も希望も、そしてこの=ふるさと=みたいなものも。

だから、当たり前の幸せを大切にして欲しい...そんな思いを込めて    
佐藤さんはこれからも新潟の地で歌い続けていく事でしょう。

2010年1月22日

A&K 鎌倉亜子さん・中村香苗さん(1/22)

A&K 鎌倉亜子さん・中村香苗さん(新潟市・ヴォーカルユニット)
    
新潟市を拠点に活動する女性ヴォーカルユニットA&K(エーアンドケー)

新潟市のカラオケスポットで歌っていた亜子さんが
お客で来た香苗さんの声に引かれてユニットを組み
地元を中心に地道な音楽活動を展開。

命の尊さや新潟の自然保護をテーマに100122_1.jpg
ライブイベントや福祉施設などでその歌声を披露してきました。

「歌唱を教える仕事を今、並行してやってるんですけど
思春期の生徒さんに接する機会が以外に多いんですね。

私も中学生の子供が居るのですが、この先、だんだんと田んぼが無くなったり新潟の自然が少なくなっていくような・・
だから、この自然と、其れを介した何か繋がるものを子供たちに伝えたいなあ・・と、思うんです」・・と、香苗さん。

100122_2.jpg「確かに自然が無くなってますよね、私たちの子供の頃より・・
ゲームなんかするより外で走り回っていたほうが面白かった頃よりも。

まあ、今でもうちの子が時々ザリガニとか何処かから獲ってきますけど(笑)
で、それを見てあらためて=自然っていいなあ=・・と(笑)。
そんな自然への感謝を込めて歌いたいし伝えたいなあ、と・・
其処のところはふたり一緒なんだなと思います・・」・・と、亜子さん。

この、ふるさとと自然を愛するふたりの女性ユニットは
去年の秋、朱鷺をテーマにした楽曲を製作しCDアルバムに収録、発売。
その収益金を朱鷺保護団体に寄付することも考慮中・・・

「まず、新潟の、地元の人に共感してもらえる歌にしたいんです。
それで、地元の盛り上げが出来たらね、一番いいかな。」

「県外の方のイメージの新潟って、良い印象があるように思うんです。
四季がはっきりしてて、食べ物が美味しくて、人間が暖かい、みたいな。
そういう部分を表現者として出していきたいと思うんです。」

それぞれにふるさとへの思いを述べる亜子さんと香苗さん。

100122_3.jpgユニットとしてヒット曲が出せればとても嬉しいけれど
それ以上に、私たちの生のステージを聞いてくれるひとが増えれば
私たちの音楽を聴いて一瞬でも癒されてくれるひとが増えれば

時にこころが苦しい時、そういう人たちの癒しになるような・・・

「そういう曲を作ってそういう思いでこれからも歌って行きたいです。」

歌声に込められた二人の「思い」は
これからも多くの人へ届けらていくことでしょう。     

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