小林高道さん(12/4)
小林高道さん (アルビレックス新潟ジュニアサッカースクールコーチ)
Jリーガーの魂を、こども達へ・・。
小林高道さんはアルビレックス新潟ジュニアサッカースクールのコーチを勤める。
2001年までトップチームに所属していた小林さんはこども達の成長を日々体で感じながらその思いを語った。
「この中から明日のJリーガーが出て来てそして、アルビレックス新潟で活躍してくれれば‥最高ですよね。」
熱い思いを込めて‥こども達と小林さんの日々は続く。
小林高道さん (アルビレックス新潟ジュニアサッカースクールコーチ)
Jリーガーの魂を、こども達へ・・。
小林高道さんはアルビレックス新潟ジュニアサッカースクールのコーチを勤める。
2001年までトップチームに所属していた小林さんはこども達の成長を日々体で感じながらその思いを語った。
「この中から明日のJリーガーが出て来てそして、アルビレックス新潟で活躍してくれれば‥最高ですよね。」
熱い思いを込めて‥こども達と小林さんの日々は続く。
上松大輔さん (新潟経営大学スポーツマネジメント学科講師)
スポーツマンをその陰からサポートする・・
早稲田大学を卒業後、上松さんが選んだ道です。
99年にアメリカにわたりピッツバーグ大、オハイオ大で
「アスレチック&トレーニングプログラム」を学び
その技術を地元に広めたいと帰郷、
現在は新潟経営大学で後進の育成に努めています。
「新潟にいても世界に通じる力量を持ちたい。」
少し朴訥な感じで抱負を語る上松さん。
先日行われた日米野球ではアメリカチームのトレーナーとして帯同し
教え子たちに自ら範を示しました。
「私自身も生徒も、目標はやはり世界に通用するレベル・・ですね」
目指すは故郷から世界の桧舞台。
上松さんの熱い思いはたくさんの教え子たちに
日々受け継がれていきます。
稲冶大介さん (NPO法人「ネージュ」代表)
スキーで賑わう湯沢町・・
純白のゲレンデを走るちょっと変わったスキーの姿がありました。
カナダで生まれた座って滑れるチェアスキーです。
稲冶さんはこのチェアスキーや乗馬を障がい者に指導し
スポーツする楽しみを知ってもらおうと活動している
NPO団体「ネージュ」の代表者。
障がい者スキーの本場、カナダで
インストラクターの資格を得た豊かな経験をもとに
「スキーは遊びだから楽しんでたくさん滑る!」がコンセプト。
車椅子常用者や視覚、発達障がい者など
誰にでも楽しめるようなプログラムを
満面の笑顔で指導する稲冶さん。、
「やっぱり笑顔ですよね、自分も笑顔・・
あと・・(参加者の)にじみ出る様な笑顔
それが見れたときは最高ですよ。」
今日も湯沢のゲレンデに明るい笑い声が響きます。
村山 哲二さん
(北信越ベースボールチャレンジリーグ 社長)
プロ野球独立リーグ「北信越ベースボールチャレンジリーグ」。
新潟、長野、富山、石川の4つの県で開催される。
その代表が村山哲二さん・・・リーグの設立者。
北信越リーグは今年の4月から開幕。
準備に奮闘する村山さんは、忙しい毎日が続いている。
「悔しいけど、サッカーが・・頑張ればこの街を盛り上げられる・・と
気づかせてくれたんですね、で自分がやるなら絶対に野球で
新潟に、と思いましたね。」
目指すものは単なる野球チームに留まらず、
地域の人、にいがたの人々が野球を軸に
集い、楽しみ、・・応援し、応援されて。
そんな、街に根ざした野球場と野球チームをこの地に。
・・・「ボールパーク」を新潟に!
「そこにどのくらいの数の人が集まって楽しんでもらえるか。
それが私たちの宿題であり目標ですからね。」
熱く語る村山さん。
青い夏空の下、秋の澄み渡った空気の下、
街のあちこちから老若男女・・・にいがたの野球場に沢山の人が。
そんな日が来る事を信じて。 
百瀬 薫さん (アルビレックスジュニアチアリーダーズディレクター)
新潟市、 子供達がチアリーディングの練習に励んでいます。
その指導を行なっているのが百瀬薫さん。 
小学生中心のメンバーで構成される アルビレックスジュニアチアリーダーズのディレクターです。
チアリーダーとして14年のキャリアを持つ百瀬さん。
そのノウハウを惜し気もなく 子供達に注ぎ込んでいきます。
「やっぱりアルビレックスのチアリーダーという存在の力は大きいですよね。
子どもたちが、より理想的に上を目指すというか、目標を見出しやすくなってるのかな?指針みたいな・・・」 「私自身としては、チアリーダーとしての成長もそうですが ひとりの女性として、大きく成長してほしいと思っているんです・・いつも。」 憧れを形にして、今ここにいる百瀬さんを見つめるジュニアたち。
今日も情熱的に指導を続けながらもときおり微笑む百瀬さんの瞳にはメンバー一人一人の未来の姿が写っているのかも・・。
若林舞衣子さん (アマ・ゴルファー)
長岡市、ヨネックスカントリークラブ。
黙々とゴルフの練習に励む一人の女性。
若林舞衣子さんは、新潟を拠点に活動する若手実力派ゴルファー。
世界ジュニア優勝、日本女子オープンではアマチュアでトップなど
輝かしい成績を残し、7月に行なわれるプロテスト合格を目指します。
「地元、新潟の皆さんが応援してくれてるのをすごく感じるから
それが、一番励みになっています。」
「夢はもちろんプロです、新潟出身のプロゴルファーになって
そして世界でいい成績を残したい・・ですね。」
若林さんにとって、プロへの道は通過点、
その先には、夢に見た世界の舞台が待っています。
世界中が彼女のプレーに注目する日・・
そんな大きな憧れを胸に・・
未来に羽ばたけ!ゴルファー若林舞衣子。
本間 忠さん (新潟アルビレックスベースボールクラブコーチ)
新潟アルビレックスベースボールクラブ
北信越リーグの設立に伴って結成されました。 
このチームのコーチ本間忠さんは、地元新潟市出身。
後藤監督の良きパートナーとして期待されています。
「やっぱり、地元のチームですからね。
僕が頑張ってやんないと、って真っ先に思いました。
実際優勝できるような実力の選手もたくさんいますし。」
本間さんは、現役時代
ピッチャーとして「東京ヤクルトスワローズ」で活躍しました。
その経験と技術を、惜し気も無く選手達に伝えて行きます。
「投手としての技術だけじゃなく、一生懸命努力して・・あたりまえに結果を出す。
プロの誇りみたいな・・そういうものも伝えたいですね。」
選手達の「ひたむきさ」が、
新潟の野球場に新しいドラマを繰り広げてくれそうです。
遠藤卓美さん (バイクロードレーサー)
新潟市、間瀬サーキット。
オートバイの走行練習をするひとりの青年。
遠藤卓実さん。
全日本ロードレース選手権で唯一
新潟県から参戦しているライダーです。
「全日本選手権に出場して・・そこから世界グランプリを目指して・・
最後は世界一になる・・ってのが夢であり目標!・・なんでしょうね(笑)。」
謙虚そうに夢を語る遠藤さん・・でも 、2006年から、GP250ccクラスにフル参戦し
今年の第1戦でも8位入賞を果たすなど,着実に実績を積み上げています。
「なにかに一生懸命挑戦している人の姿・・ボクならレースですけど
それを見て、落ち込んでたりする気持ちがスカッとしてもらえれば。
で、自分も頑張ってみよう、って思ってもらえるなら。
そんなことを思って走っています・・・」
世界へ挑む遠藤さんの思いはエンジン音にに乗ってサーキットから空へ、
そしてそれを見る人々の心へと確実に木霊(こだま)していくことでしょう。
※追記
私たちワンダフル新潟人スタッフはその後、別日のロケ中、偶然遠藤さんと遭遇・・
プライベートの彼は愛犬をいたく可愛がる優しげなおにいちゃんでありました。
その優しげな感じと=危険と隣り合わせ=のバイクレースがちょっとギャップだったので
「どうして、危険を冒してまでバイクレースで走ろうと思ったの?」と聞いたところ
彼は「・・宿命だからですかねぇ(笑)・・」と、一言、さらり と答えてくれました。
・・うん、男前だねっ・・遠藤さん。スタッフ一同これからも応援しています!
中村真衣さん (元水泳競技者)
長岡市。
スイミングスクールのプールで
子供達とふれあう一人の女性・・中村真衣さん
4歳のころからJSS長岡で水泳を始めた彼女は
中学3年生で日本選手権100M背泳ぎに優勝し
そして同じ種目でアトランタ五輪4位、
シドニー五輪で銀メダルを勝ち取った
新潟、そして日本が世界に誇る背泳ぎのスペシャリスト・・
今年の4月21日、
惜しまれつつ引退を発表した
彼女のいまを訪ねてみました。
「・・今、小学生たちと水泳を通じて触れ合う・・
そういう機会を作っていただいています。
こうしていると初心に戻った気持ちがしますね。」
子どもたちと水中で触れ合う中村真衣さん。
競技者としての彼女とは違った一面も覗かせてくれました。
「選手としての私は結果を求め続けてきたけれど
今は・・子どもたちと触れ合って、水泳を介して、
楽しさをどんな風に伝えたらいいかな~なんて思って。」
「私自身の今後のことは、まだ、あまり具体的ではないんですが、
水泳を通しての活動のほかにもいろんなものに挑戦したいです。
自分自身の可能性を信じてみたいですから!(笑)。」
競技者としての中村真衣から次の中村真衣へ。
彼女を憧れの眼差しで見つめる子どもたちと
ある意味同じスタートラインに立っているのかもしれない真衣さんの
子どもたちを見つめる瞳は、とても優しく見えました。
「何か常に疑問をもって・・そして水泳なら水泳を通して
これからの人生、チャンスのきっかけを見つけてほしいですね。
自分が多くの人たちに見守られて、声援をうけてきたから頑張れたんだ・・
と、いうことが今、すごく感じられるんです。・・だから・・
その気持ちをなんらかの形で伝えていきたい・・のかな、
まだ、はっきりとは判らないけど・・」
故郷、新潟に戻り、新たなステージに挑みはじめた中村真衣さん。
水泳を通して、また、まったく新しい分野で・・
彼女の活躍はきっとこれからも続いて行くことでしょう。
塚野真一さん (キックボクサー・五泉市)
水と緑に恵まれた新潟県五泉市。
キックボクシングの練習を行なう一人の男性。
塚野真一さんは日本キックボクシング連盟
ウェルター級 3位のキックボクサー・・・
地元を拠点に日本チャンピオンを目指して
日々練習に励んでいます。
「最初はサッカーしてたんですよ。
ただ親父が空手をやってたもんですから
個人の競技ってのにも興味があって。
ええ、小さい頃からって言えば・・そうかな?と。」
家族みんな、特に父が熱心に応援してくれて
家には父手製の練習小屋まで有るんです、と
はにかんだような表情で語る塚野さん。
家族の応援があったからここまで来れたかな、とも。
「なにが飛んでくるかわかんない・・
拳なのか足なのか膝なのか・・
だから、試合の駆け引きってのが大事なんです。
そのへんの緊張感と、あと非日常なところが
キックボクシングの一番の魅力ですかね。」
「いままでいろんな人、地元のね・・
応援してもらってここまで来たんで、
僕に出来ることで地元に、五泉になにかやってあげたい。
そう思ったんで、今、市の体育指導員やらせてもらってます。
キックを教えるんじゃなくて体力づくり中心ですけど。
自分に出来るのはスポーツですから。」
市営プールで地元のお母さん・お婆ちゃんと一緒に
ボクササイズをする塚野さん・・。
地元の人たちとの触れ合いを大切にしながら
ふるさとの地からのチャンピオンを目指します。
「東京じゃなくって、五泉(ここ)からでもチャンピオンになれる。
キックだけじゃなくいろんなジャンルでトップを狙える。
そんな自信を持ってもらえるための手助けが出来れば・・と思います。
まず、そのために僕がチャンピオンに・・ね。
そして・・K-1にも出場したいなあ。それが今の夢ですね(笑)。」
ふるさとの地から目指せチャンピオン・・。
塚野さんの夢は今日も着々と実現に向かって
歩みを進めています。
川村優理さん (新潟市 アルビレックス新潟レディース プロサッカー選手。)
聖籠町にあるサッカー練習場。
アルビレックス新潟レディスの練習が行なわれていました
チームの守備の要、川村優理さんは地元新潟市出身・・
昨年のチーム一部リーグ昇格に貢献した若手有望選手です。
「小学校の頃、お兄ちゃんのサッカーチームの試合を見に行って・・
そのまま、勧誘されてサッカーはじめたんです(笑)。」
グラウンドでの雄姿と異なり、インタビューでは照れっぱなしの優理さん。
素顔は、まだ10代の今時の女の子。
「親が応援してくれるのが、一番心強いですね。
遠い練習場にお父さんが車で送ってくれたり・・
女子のサッカーチームに入りたくて
札幌のチームとかも受けたんだけど・・・
やっぱり、新潟でやれてよかった・・って。」
より高みを目指して・・練習と試合の毎日を送る優理さん。
その実力は国内でも高く評価され、
今年は、U-19女子日本代表のメンバーにも選ばれました。
「日本代表は・・みんな上手いし意欲もすごく高かったです。
本当にいっぱいいっぱいだったけど・・でもその中でやれたんだって。
それは自分でもけっこう自信・・かな。」
「一部昇格して・・相手も強くなって・・
でも一対一なら絶対に負けないつもり(笑)。
試合に出続けて、代表に、今度はなでしこジャパンの代表になって
世界中の人たちと戦ってみたいです・・
それが夢、ですね・・頑張ります。」
ふるさと新潟から世界へ!
より高い目標をにむけ日々精進しながらチャレンジ。
川村優理さんの熱い挑戦はどこまでも続きます。
加藤博美さん (女子新体操クラブ=ステラ=代表)新潟市
新潟市、コミュニティーセンターの体育館。
子ども達が新体操の練習を行なっています。
指導するのは加藤弘美さん。
女子新体操クラブチーム"ステラ"の代表です。
「新潟にちょうど仕事の都合で赴任したとき・・
新体操がどうしてもやりたい・・ってお嬢さんがいたんです。
その熱意がこの=ステラ=が出来たきっかけかな?」
加藤さん自身高校時代憧れで始めた新体操。
自分自身は世界なんかには程遠かったけれど
その分だけ生徒達の夢を叶える力になりたい・・と語ります。
その熱意もあってか全国大会では団体部門で
トップレベルの実績を残している加藤さんの教え子達。
また、メンバーの一人遠藤由華さん=新潟第一高1年=は
北京オリンピック女子新体操団体の
日本代表候補メンバーに追加して選ばれました。
「最初は・・指導者も体育館も何もかも無いって状況でしたから
凄く大変でした・・やっぱり生徒も私も新体操が=好き=だから
ここまで来れたのかもしれませんね・・。」
新潟の子は背が高くて手足の長い子が多いんです。
だから新体操には向いてるんですよね・・とも語る加藤さん。
これからの夢は?という問いかけに微笑みながら・・
「大会やいろんな場所で結果を出すのももちろんですが
新体操を通じて誰からも好かれるひと・・、
自分で決めたことは最後まであきらめずに頑張りきれるひと・・に、
是非なってもらいたいですね。・・
それと、あと、2年後はにいがた国体ですから
=ステラ=のチームで出場して、新潟の小さな女の子たちがここまで出来るんだって
新潟県の、全国の人たちに見せて上げられるように頑張りたいです。
だから、夢は・・もちろん、=にいがた国体1位=ですね(笑)!」
あるときは厳しく、また優しく子ども達と触れ合う加藤さん。
にいがた国体の晴れ舞台で活躍する彼女達の姿が
加藤さんの目には、もうはっきりと見えているのかもしれません。
丸山佐知子さん (新潟県警音楽隊カラーガード隊)
躍動的・魅惑的なブラスバンドの演奏にあわせ
さわやかな笑顔で華やかに演技する、新潟県警カラーガード隊。
カラーフラッグを使ってのドリルやパレードを
県民の皆さんはどこかでご覧になったことがあるでしょう。
その新潟県警カラーガード隊のリーダーが丸山佐知子さん。
7名で編成されるチームの取りまとめ役を勤めます。
「小学校のときからマーチングバンドでカラーガードしてたんです。
で、高校3年のとき県警の音楽隊を尋ねて
=どうしたらなれますかっ!=て聞きに行ったりして(笑)。
で、実際試験うけて・・受かると思っていなかったんで
ものすごく嬉しかったです・・・カラーガードになれた時。」
普段の自分は引っ込み気味な性格なんです・・・
でも演技中は切り替わって別人になっちゃう・・・。
そう言って優しそうに笑った丸山さん。
演技を見てくれる全てのひとに笑顔を届けたいと思って・・
でも、演技してると心の底から楽しいから、
いつでも笑顔になっちゃうんですけどね・・とも。
防犯や交通安全への意識を高めるために...。
カラーガード隊は様々な行事に参加し、
県内の隅々まで飛び回りながら演奏活動を続け
地域の安全広報をサポートしています。
そんな活動のささえになっているのは
人との触れ合いかな・・と丸山さんは語ります。
「小さな小学校の会場で、見に来てくれたおばあちゃんに
=よかったよ、たのしかったよ=って両手を握って言われたとき
本当に涙が出そうになりました・・だから、どんな時でも
精一杯楽しんでもらえるように頑張ろうねって皆で言ってます。」
「バンドの演奏を聞くだけじゃなくて
見る楽しみを添えることでもっと印象深い思い出になる。
それが県警の広報活動に繋がってくれれば・・
そして警察の硬くて近寄りがたいイメージが
もっと親しみ易いものになってくれればって・・・」
「この先もず~っと。体の動く限り
たとえどういう形でもカラーガード続けます!
それが目標だし、夢ですから。」
ふるさとの人たちに安全と笑顔を届けたい・・
県民と警察を結ぶ掛け橋として...
丸山さんたちカラーガードと県警音楽隊の活動は
これからも続きます。
平野 愛さん (上越市・プロスノーボーダー)。
妙高山池の平スキー場。
スノーボードのコーチングが行なわれていました。
指導するのは平野愛さん・・
その恵まれた体躯を生かしたスタイリッシュなライディングで、
今や各メディアで引っ張りだこ、全国選手権で準優勝の実績を持つ
上越市在住のプロスノーボーダーです。
「最初は陸上やバスケットが得意で、単なるスポーツ好きだったんです(笑)。
ボディーボードから冬、スノーボードに流れたんですよ、最初。
で・・・全っ然出来ない!(笑)凄いへったくそだったんですよ・・。
=くやし~=と思って練習してたら、嵌っちゃったんですね。」
「あと、昔のスノーボードってライセンス制・・だったでしょ?スキー場によって。
で、いろんな所を滑りたいな~・・って気づいたら上手くなってプロになって・・
いま、こうしてスノーボードしてるって言うのが本当なのかな~(笑)。」
神奈川生まれの平野さんはスノーボーダーを始めてから
妙高のスノーボードエリアの広さに誘われて滑り続けるうち、
海も山もある新潟・上越の地にだんだんと惹き込まれて
この地をホームグラウンドにしよう!と決意したのだそうです。
今では環境保護などのイベントも定期的に行なっている平野さん
スタイリッシュなライディング同様幅広い活動で、この地の若者文化をリードしています。
「凄い量の雪、だから11月から5月くらいまでスノーボードが出来て
そのあとは海でボディボード・・スローに山も海もある暮らしが出来るところは
日本中探したってそんなには無い・・ですよね、だからここが根拠地。
それと、私は新潟の、この場所があったからプロのスノーボーダーになれたと思う。
初めて此処に来た一人ぼっちの女の子に=どうしたの~、何したの~=って
優しく、暖かく接してくれた=にいがた=のひとたちが居たから・・今があると思ってるんですよ。(笑)」
目標はは=記録に残る選手より記憶に残る選手=
自分のプレーの写真を=携帯の待ち受けにしたんですよ~=と
持ってきて見せてくれたファンの女の子との出会いがすごく嬉しい、と語る平野さん。
地元上越、雪国から発信する新しいライフスタイルとともに、
平野さんの活動はこれからも続けられていくことでしょう。
「一言で言うと、スノーボードが好き!
だからその思いをいつまでも、その思いをみんなに・・。
それが・・夢、かな(笑)、うん。」
またひとり、素敵な新潟人が此処に・・・。
久保倉里美さん (陸上競技・新潟アルビレックスランニングクラブ・)
新潟市。
陸上のトラックを駆け抜けるランナーが一人。
久保倉里美さんは短距離、中距離走から
ハードルまでを幅広くこなす日本陸上界期待のトップアスリート。
400メートルハードル日本記録の保持者です。
「高校2年のとき陸上部に入りました・・その時体育の授業で
丁度ハードルをやっていたのが、すごく楽しかったんです。
それでハードルやろうかな~って・・最初は100メートルハードルでした。」
北海道出身で福島の大学に進学した久保倉さん・・
大学卒業の頃、社会に出ても陸上に専念出来る環境は
なかなか少なかった・・と語ります。そんな彼女に声をかけてくれたのが
新潟アルビレックスランニングクラブだった・・とも。
「新潟は・・私が北海道出身なので
環境が似ているから住みやすいですね(笑)
それに魚介類とか・・凄く美味しいし(笑)。
冬季の練習は大変ですけどその中で努力して
みんなが上をめざそうとしているこのチームは・・
今の環境はすごく素敵だ、と思っています。」
一昨年のアジア大会では銀メダルを獲得。
去年の日本選手権では優勝という実績を残しました。
今年の目標は北京オリンピックでの活躍です。
「正直言うと私・・大学卒業のとき、
ここ(新潟アルビ)しか声をかけてもらえないくらいの
選手だったんですよね、知名度とか・・。
今、オリンピックを目指しているなんて言われてますけど・・
その頃はオリンピックなんて、それこそ、
テレビで見るもの・・って思ってたんですよ。
でも、頑張って頑張って・・頑張れば届かないものにでも
必ず手が届くんだって、ひとつのことを突き進めば
出来ないことなんてないんだ・・って。
自分の経験が教えてくれた・・そんな気がして(笑)。」
だからこそ、此処新潟からその思いを
地元だけでなく全国に発信できる、
最初のチームの一員でありたい・・
陸上競技は見るだけじゃ決して判らない部分もある
楽しさも、苦しさも・・陸上を実際経験するひとたちが
もっと増えて陸上競技の魅力を知ってもらう・・
そのお手伝いが出来れば・・とも思いますよ・・と、久保倉さん。
そのまっすぐな表情に浮かぶ笑みはとても爽やかでした。
地元の、そして日本中の熱い声援を胸に...
久保倉さんの挑戦はこれからも続きます。
古俣治久(はるひさ)さん (新潟市 フェンシング指導者
)
新潟市の一角・・自宅につくられた練習場で
フェンシングの練習に余念の無い親子。
隙の無い動きと素早い剣さばきが光ります。
新潟市や聖籠町などで子供たちにフェンシングを 指導するのは、
世界選手権出場の経験を持つ古俣治久(はるひさ)さん。
来年開催される新潟国体のコーチでもあります。
延べで・・600人くらい教えましたかねえ・・・
練習の合間、柔らかな表情で語る古俣さん。
「まず、集中力が第一な競技なんですよ
これが欠けるともう駄目、すぐに結果に繋がります。
だから最初はまず集中力を高め維持することからですね。」
そう語る 古俣さんの指導を受けた娘の潮里さんは、
去年、ドイツで行なわれた国際大会に出場。
12歳以下の部で見事優勝しました。
「立派な選手=勝つ選手では必ずしもないんです。
特にフェンシングの場合・・その人間性って言うのかな。
娘は小学校時代好成績を残すことが出来ましたが
あとこれから如何に驕らずに伸びていけるか・・其処でしょうね。」
「フェンシング、いやスポーツ全般に言えることでしょうけど
自分を支える力を育てることが最後の目的か・・と。
そのとき、その瞬間頑張ったんだというこころとからだの記憶が
後の人生で凄く生きてくる・・それが一番期待している事でしょうか
うちの娘にも、またほかの子供たちにもね(笑)。」
そう語る古俣さんの表情は一瞬父親のそれから
指導者のそれへと変わりました。
「スポーツには=特性=ってものがあるんですよ。
此れをやる、知るともっと楽しくなるって=何か=がね。
ただ勝てばいいんじゃなくて実のある勝ち方っていうか・・
しっかりした技術を収めれば収めるほどに
それだけ楽しくなるスポーツなんですよフェンシングって。
奥が深いんです(笑)・・これからも、う~ん・・何というか、
そういう部分を教えてあげたいですねえ、特に子供たちには(笑)。
無論世界を狙える子も出てきてくれれば最高・・ですね。」
新潟から世界へ・・・フェンシングというスポーツを通して
古俣さんの情熱は、若い世代に伝わっていくことでしょう。
越路の一角より出でよ=世界の名剣士たち=。

中山 大(たかし)さん (新潟アルビレックスベースボールクラブ)
2年目を迎えたBCリーグで快進撃が続く
新潟アルビレックスベースボールクラブ。
今期好調なチームを支える左腕のエースが
中山大(なかやま たかし)さん。
「野球は・・一度社会人でやり切ったつもり・・だったんですよ。
でも、このリーグの設立を聞いて、実情も見て・・もう一度と。
夢というか目標が蘇った感じでしたかね。」
新潟出身の中山さんの夢はやはりプロ野球。
それと同時にレベルの低いと言われる新潟の野球に
自分の夢を追う姿が刺激になれば・・とも語ります。
「僕の野球のスタイルは=気持ちを込めて投げる=こと。
この新潟アルビレックスのチームテーマも=がむしゃらに=ですから
皆さんになによりもその気持ちを見てほしい・・ですね(笑)」

ケガの為、一度は現役を退いた中山さんは今年、見事に復帰。
4月にはリーグの月間MVPにも選ばれました。
28歳という年齢、でもより高みをめざすために
上から投げていたフォームを変則性の高いものに変え
精進を怠らない中山さんの努力が実った結果でもありました。
「ここまで、今期は野手がよく打ってくれて
そのとき僕が登板していた・・と正直そう思うんですよ。
次以降は今度打線が振るわなくとも僕が抑える
そういう気持ちで、まず、なによりもチームのためにね。」
「そういう気持ちで実績を出すことが・・・なによりもまず
チームのため、リーグのためだと思うんですよ」
夢は確かに日本プロ野球で投げること・・でもまず今は
このチームに貢献してこのリーグのレベルアップに繋がる
そんな選手になる・・そしてそんな姿を見てもらう。
それがお客さんを増やすことにも繋がる・・ひいては自分のためにも。
そう語る左のエースの表情には強い決意が伺えました。
「だって、今いる場所で精一杯の努力や貢献が出来ない奴が
その上になんか・・行けるわけが無い・・じゃないですか(笑)。」
地元の温かい声援を背に...
熱い心で夢を追い続けるエースピッチャー。
中山さんは、今日もこのマウンドに立ち続けます。
池谷 薫さん (柏崎市・ライフセーバー)

42キロの美しい海岸線を持つ柏崎。
海水浴シーズンをむかえ、浜では
人命救助の訓練が行なわれていました。
池谷薫さんはライフセーバーの第一人者。
世界大会で日本チームのキャプテンとして
活躍した実績を持っています。
「泳ぐことが好きで、海が好きで・・
その延長線上にライフセーバーという仕事が在った・・
ぼくの場合はそういうことだ思います。」

逞しい体躯爽やかな笑顔、海の安全の守り手は
白い歯を覗かせながら明るい笑顔で語ります。
「私たちが此処で活動を始めた最初の年
夏の海での水難事故が柏崎はゼロになったんですね。
それまで県内でもワーストワンだったんですが・・
その達成感が今のモチベーションに繋がっている・・と思いますよ。」
ライフセーバーの活動成果を幾分誇らしげに語る池谷さん。
地元柏崎を襲った二つの地震では休むことなく救援活動を行ない
そのライフセーバー精神は市民からも高く評価されました。
「此処、柏崎の海は=庭=ですね。
トレーニングの場でもあり活動の場でもあり
僕にとってはある意味ストレス発散の場でもあったりして(笑)
もう本当の故郷のように思っています。
あと、この街柏崎の地元の皆さんにも今以上にふるさとの海を
感じて、守っていってもらえるような・・そんな精神を伝えたいな、と。」
ひとりひとりが海のモラル・・
例えばゴミの処理や飲酒しての遊泳の禁止など
小さなことから守ることで海を楽しむひとたちが、
そのひとりひとりがライフセーバーになる。
そしてこの海から事故がゼロになっていく・・
そういう市民総ライフセーバーな精神が大切なんですよ。
・・と語る池谷さん・・その瞳には海を愛する情熱。
「夢は・・ずっと海で暮らすこと・・・
海外ではウォーターマンって言うんですけどな。
それが・・理想かな(笑)。」
ふるさとの、そして日本の、世界の・・・海の安全を守るために...、
池谷さんの活動はこれからも続きます。
杉山学さん (新潟経営大学サッカー部監督 元Jリーガー)
今年、見事に天皇杯初出場を決めた
新潟経営大学サッカー部。
監督は杉山学さん・・・現役時代、
アルビレックス新潟の選手として活躍した元Jリーガーです。
「現役のあと、指導者がやりたい・・と漠然と想ってはいました。
特に最後に在籍したチームのある新潟で・・
自分の目でこの新潟のサッカーの行く末をみていたい。
今となっては此処は本当の故郷だと想ってますから。」
現役時代から新潟に残りたいという思いは強かった・・と杉山さん。
サッカーの指導者は、声をかけて拾って貰わなければなれませんからね(笑)
経営大学に声をかけてもらって自分の希望とも一致して
今の此の自分があるようなものですよ・・と謙虚に語ります。
「今の選手たちにだけではないんですが・・
まず学生にはサッカー選手である以前に
一人の人間として当たり前のことが当たり前に出来る
挨拶や人としての振舞いがね、難しいこtぽなんですが
社会に出る準備は常に怠るなと言ってきたつもりです。」
「プロになるとかJFL行くとかしない限り大学の4年間は
彼らにとって、最後の本気のサッカー生活の場なんですよね。
だから悔いなく最後のアマチュアサッカー生活を送って
社会にでたらみんなに愛される人間になれよ・・と(笑)
此れだけは常に言い続けてきたように思いますよ。」
アマチュアチームの指導者として
選手の体と心の育成に特に情熱を注ぐ杉山さん。
積み重ねられた指導と思いは
ユニバーシアード日本代表選手や
Jリーガーを誕生させるに到りました。
「新潟にも全国からサッカー選手が此処やいろいろなチームに
集まってくるような素地がなんとか出来てきた感じはありますね。
サッカー人口の増加という事には少しは貢献できたかな・・と。
今回、経営大学のゴールキーパーがアルビレックスに入団が決まりましたが
こういうJリーガーになる選手を一人でも多く育てるのも目標ですが
学生として大学時代の4年間精一杯サッカーを楽しむ生徒たちには
社会に出るまで有意義に過ごして欲しいんですよ・・
どんな時もどんな分野でも諦めない心を持ってほしいですよ。
今日はもういいや・・と思ったら絶対に其の先は無い・・ですから。
つまづいても上を向いて一歩でも先へ・・ひたむきにやる・・
その姿勢だけは此処にいる連中全員に持ってもらいたい・・そう思います。」
杉山さんの培ってきた経験とその熱い情熱・・・
新潟の地で若い世代に受け継がれています。

「BBガールズフレンドシップマッチ」が
女の子達が当たり前のように野球を楽めるように...
私自身開催して見るまで、こんなにも多くの人たち、女の子たちが
山田亜沙妃さん (カヌースラローム競技者)
トキめき新潟国体のリハーサルを兼ねた
カヌーの日本選手権が先月三条市で行なわれました。
この大会の女子スラロームシングルで優勝したのが
新潟県代表の山田亜沙妃さんです。
県内のスポーツ専門学校の講師をつとめながら
カヌーのスラロームという競技に挑む山田さん。
高校時代にカヌーが好きなんだ・・と思って以来
川の真ん中に行ける、今まで味わったことの無い感覚にも惹かれ
スラローム一筋に頑張ってきました。
「新潟は、自然も身近に在って・・川も綺麗で・・
その点だけでも凄くいいなあ・・って思いますね。」
海外を転戦し技術を磨く山田さん。
先に行なわれた大分国体でも
優勝という大きな実績を残しました。
「今の希望は・・まず此の競技に興味をもってもらいたいという事かな・・
正直凄くマイナーな競技なのは確かなんで・・沢山の人に知ってもらい
楽しんでもらったりしてもらえれば競技人口も増えると思いますし(笑)」
カヌーはどうしてもフラット(ボートのように競う)ものが一般的だけど
スラロームの魅力をもっと多くの人に知ってもらいたい・・・
今の大きな目標のひとつは其れなんです・・と山田さん。
其の思いを胸に来年スペインで行なわれる世界選手権と
地元新潟での国体に挑みます。
「国体は・・今度は2種目制覇・・世界は、そう、目指せる限り上まで(笑)
其れが目標かな・・あと、水は危険なものっていうイメージも払拭したいな。
私たちは水は=生き物=だと思ってるんです・・
そのときそのときに見せる水の表情を感じ取れる喜びが此の競技にはあるんです。
ルールを守って安全に水と付き合う・・そんなことも皆に知って欲しいですね
そうすることで此の競技の人口も増えて、トップのレベルも上がると思うし・・」
最終的にはロンドンオリンピック出場・・
で結果が出せればって思ってます・・
そう言って明るく笑った山田さん
カヌースラロームをもっと多くの人に...その思いを胸に
山田さんは今日もオールを漕ぎつづけます。


岩壁を登り、
「だって此れ本当に面白くて楽しいんですから(笑)」
幾つもの=壁=を越え、頂点に立つ喜びを噛み締めながら・・・。
長岡市を拠点に活動する
「昨年2位だったので最終目標は優勝なんですが
=これで結果残せなかったらカッコ悪いな、私=って・・山崎知春さん (卓球選手・柏崎市)
柏崎市・・・地元にいがた開催の国体に向け卓球の練習に励む1人の選手の姿が。
山崎知春さん。
全日本学生選手権優勝の実績を持つ実力者です。
「私自身の心境を一言で言えば・・・=挑戦=かな(笑)。

4月の日本選手権では
それ以上に競技者として感動を与えられる選手になりたいです。渡辺辰也さん (関川村 スポーツ少年団野球コーチ)
新潟県の北にある関川村。 
子供たちが野球の練習に励んでいます。
指導にあたっているのはこのスポーツ少年団のコーチ
渡辺辰也(わたなべたつや)さん・・・チームのOBでもあります。
「前の監督の人柄とか、熱意とかに影響受けまして・・・
僕等OBも練習に顔出したりしているうちに、いつのまにか自分が(笑)。
今でこそこういう夜間練習場が出来て、夜もやれますけど
最初は朝練習だけで、6時からとか厳しかったですけどね。」
この夏甲子園を沸かせた日本文理高校のバッテリー伊藤君と若林君もこのチームのOB
当時の監督が渡辺さんでした。
「あえて個人を揚げるわけではないですし、
彼等がいた頃も今もやってることは変わらないですけどね。
OBになった子たちが顔出してくれて、それも刺激になり・・
ただ、活躍する子が増えてくれると、励みになりますよ間違いなく。
野球してる子たちも、教えてる私たちも。」
野球を通じて渡辺さんが子供たちに伝えたいこと・・・それは何ですか?と伺うと、
「=負けず嫌い=を作りたいんですよ(笑)」と返って来ました。
負けたくないという心があれば人より練習も出来る・・・
やりたい目標があれば何とか頑張って行ける・・・
そういう=こころ=を培うことがなにより重要なこと。
「勝つ楽しさと負ける悔しさをね、僕自身も含めて学ぼう・・と。
勝てば嬉しい、負ければ悔しい・・そう素直に感じてね。
その悔しさを本当に身にしみて感じた時に
=自分なんかこんなもんだ=と思うのか
=いや、違う、まだまだ出来るはずだ=と思う子になるのか。
出来れば・・負けず嫌いな子をね、沢山育てたいなあと。」
「野球ってプレイのなかで、色々在るんですよ。
自分が打ちたいときにバントのサインが出てたりね。
我慢して乗越えなきゃいけない場所がいつも在るんです。
それを教えることで、強い、負けず嫌いな気持ちをね、
皆に感じてほしい、技術的なことだけじゃなくて。」
自分自身はそう言う意味で野球の指導者じゃないかもなあ・・
=負けず嫌い=のコーチなのかも知れませんね、と笑う渡辺さん。
夢は=ひとりでも多くの子供たちが自分の目標に達する=こと。
「その時にこのチームで過ごした時間を思い出してくれれば嬉しいですよ。」
渡辺さん譲りの=負けず嫌い=を胸に、関川村出身の2人の球児は
この夏甲子園を新潟を、いや全国を熱くそして烈しく燃え上がらせました。
そんな先輩たちを目標に...=負けず嫌い=な熱いこころを育てながら
子供たちはこの自然豊かなふるさとで日々練習に励んでいます。
上杉栄美さん (長岡市 新潟県スポーツバトン協会理事長)
長岡市・・・ バトントワリングの練習が行なわれています。
指導を行なっているのは上杉栄美(よしみ)さん
新潟県スポーツバトン協会の理事長です。
「今年で中越地震から5年・・ですよね。
あの地震の復興が始まった頃、被災地にディズニーランドがパレードに来てくれたんです。
そのパレードを見ている子供たちのキラキラした瞳(め)。
感動で涙ぐんでいる大人の表情を見ていて・・
私もずっとバトンやってて、実はディズニーランドのショーにも参加していたことがあるものですから・・」
結婚して新潟に来てもうバトンはおしまい、と思っていたけど
ああ、私の出来ることでも此の感動を誰かに与えられたら・・・
バトンを知ってもらう見てもらうことで誰かの瞳を輝かせることが出来たら・・・
上杉さんの新潟でのバトン普及活動はその感動から始まりました。
そして、今、 バトン後進県と言われる新潟での普及を目指し
スポーツバトン協会新潟県支部を設立した上杉さん
自らが主宰するスクールでは全国レベルの生徒も育てています。
「新潟はバトン協会に未加盟の数少ない県だったんです。
だから指導者も少なく、大きい大会への出場機会も無い。
そんな中、バトンをやりたいという子供たちにより大きいチャンスを与えてあげたくて。」
此の4年間で新潟県内にはスポーツバトンのチーム・スクールが3つ出来ました
上杉さんや関係者の努力によりスポーツバトン競技の裾野は確実に広がっています。
「子供たちにはなにより=夢をもつこと=を教えたいんです。
人に話したら笑われるような大きな夢、手の届かない夢でも・・・
それを思わない限り絶対に夢への一歩は踏み出せないから。
そして、その夢への道がいかに大変で苦しくて険しいものでも
夢の実現の困難さを環境のせいにしない=勇気=も。」
上杉さんのバトンスクールでは、生徒たちは毎日練習日記を書いています。
半年前、一年前に自分がどんなことに悩んでたか・・それを思い出すことが
何より自分の成長を確かめられる、現実的に支えになるから・・
「子どもたちが自分の努力したことを認識することで
それはより大きな夢、未来へ踏み出す具体的な想像力を生むんですよ。」
そしてこのバトンスクールの今年のショーのテーマは=あなたらしく=
「万人に認められるOKだけが成功じゃないんです(笑)
貴方が素晴らしいと思ったことを達成できれば
それは貴方にとって最高の=成功=なんです、って教えています。
見ている人の心に届く演技、とおりすがりの人でも、はっと気づいて
惹きつけらていく演技、そして笑顔ですね、それがバトンのメッセージ。
何よりも子どもたちにはそれを知って、どんどん成長してほしいですね。
そういう子どもを沢山育てる・・それが私の、ゴールなのかなあ(微笑)。」
そのためには私たち指導者もより一層努力研鑽しなきゃだめですよね・・
そういってにこやかに笑う上杉さんの表情は輝いて見えました。
「いつかこの子達と、ディズニーーランドでバトンの演技がしたい・・大きな夢ですよね(笑)。」
新潟から全国、世界へ、地域の枠を超えて笑顔と感動を与えたい...。
そんな子どもたちを沢山育てる為に、バトンの楽しさを知ってもらうために。
上杉さんの活動はこれからも続きます。