中山雅子さん (新潟市~旧白根~・白根絞り継承者)
愛知の鳴海絞り、大分の豊後絞りと並び
かつては全国に名を馳せた伝統の織物が新潟にあります。
それが=日本三大絞り=の一つ=白根絞り=。

明治後期の最盛期には白根市の女性の8割が生産に従事し
その売上げは米の生産量を上回り街の予算の47倍にもなった
旧白根市の優れた特産物のひとつでありました。
戦後一度は途絶えてしまったこの白根絞りを
20年ほど前に復活させたのがサークル「ふきのとう」。
中山雅子さんはその初代代表です。
「最初はねえ、街の婦人学級の活動してる時に
普通のものだけではつまらなくなって(笑)・・研究材料探したんですよ。
そしたら=昔、行商の人が持ってた大きな風呂敷の柄、模様=って・・
あれは何だったんだろうね・・って、そこから始まったのよ(笑)。」
=絞り染め=じゅあないかとは判ったものの誰も知る人が居ない。
町中の古い文献を集め、=絞り=だの=藍=だのと言う言葉を
それこそすべて集めているうちに、日本三大絞りとかつて言われたことや
250年もの伝統がある絞り染めだという事が判って・・
じゃあ、此れはなおさら復活させねばと思った・・・中山さんは語ります。
「でも、最初は、先生どころか知ってる人探すだけで大変で。
たった一人、タミコさんというおばあちゃんがね、その、絞りの
=やたら=という技法を知っていて・・それが最初でしたね。」
いまは市の無形文化財にも指定されている白根絞りは
=やたら=という女性向きの文様と=柳=という男性向きの文様が特徴
現在でも「ふきのとう」のメンバーがその技法を今に伝えています。
「浴衣一枚でも本当は模様ひとつじゃ収まらない・・出来ないの。
だから、古い浴衣や布や、そういう昔の白根絞りのね、ものを探して、研究して(笑)
ひとつひとつ復元しながらなんとか今ここまで形になったんですよ。」
「より多くのひとに知ってもらいたいのね、この白根絞り。
ですから今は店売りも始めさせて戴いてますし、
年一回のこのサークルの作品展も開かせていただいて。
生活の中で使って戴くのが一番なんですよ、こういうもの。
今は白根以外の場所から習いに来てくれる方が多いんですけど
やっぱりぜひ地元の方に、この白根絞り、継いで貰いたいわねえ(笑)」
そう語る中山さんの=夢=の一つは、白根の名物、大凧合戦の
各町内の法被(はっぴ)が、皆、白根絞りの法被に変わること。
「夢みたいな話でしょうけど、白根の奥さんがね、
みんなで自分の旦那さんの着る法被を絞りで作るのよ。
旦那さんの着る法被を奥さんが作れるように・・・
昔、白根の女性の8割は白根絞りが作れたんですから(笑)」
この復活した白根絞りの灯を絶やさぬよう、これからも
ずっと未来まで守り続けて行くのが復活させたものの使命。
笑いながらそう言ってまた中山さんは作業の手を動かし始めました。
復活・再現された郷土の宝は
きっとこれからも伝え続けられて行くことでしょう。




