« 2009年6月 | メイン | 2009年8月 »

2009年7月 アーカイブ

2009年7月 6日

小千田節男さん(7/6)

小千田節男さん (阿賀町 NPO法人みかわ天文台台長) 
    
 阿賀町三川地区の山あいに天文台がひっそりと佇んでいます。    
     
 小千田節男さん・・・新潟に天文台をそんな夢を抱きつづけ2005年にこの施設を建てました。  
  090706_1.jpg
 「小学校の頃、学校に行くといじめがあってね。
学校には行くけど何時も図書館に逃げ込んでた。そこで科学雑誌で見た=イケヤ彗星=の記事で ~イケヤ彗星が見たい~と・・思った。」
 
午前3時、お父さんと見に行ったイケヤ彗星。
ダークブルーの天球に地平線から天頂まで棚引く光の尾。
その彗星を発見した池谷薫さんの記事の中にある
自分で作った望遠鏡で彗星を発見したという部分に触発されてもっと星を見たい・・と思ったと語る小千田さん。
 
「正直、親がハンディのある人だったから・・・馬鹿にしてた連中を見返したいとも思ったんだけどね。」
 
高校時代・・手作りで望遠鏡を作りながら天体観測を続けていた小千田さんは佐渡で行なわれたサマーキャンプで車椅子の男性を含む大人や子供たちにボランティアで星を見せる機会を持つことになります。
 
 
090706_2.jpg「車椅子に座った、正直何を言ってるのか良く判らない・・でもその人が目を輝かせて何か伝えようとしてたんだね。
で、聴いて見たら=今見た土星をアンコールで見せて=・・と。
本当に子供たちにも皆にも喜んでもらった・・星を見ることで。」
 
そしてキャンプから帰宅した小千田さんのところに1本の電話が・・
 
「その車椅子の人の親御さんからだった・・・
子供がはじめて家に=みやげ話=を持ってきた・・と、
家族に1時間も掛けて星の、土星の美しさを説明してくれた・・と、
電話口で号泣されたのを・・今でも覚えてるな。」
 
そのとき、小千田さんは思ったのだそうです。
 
=星を見せてあげられた人の、子供たちの感動を得ることは
地上の彗星を見つけるみたいなものなんじゃないか=・・・と。    
だから、天文台をどうしてもこの手で新潟に作る。
場所探しに10年、20年の準備期間を経て三川のこの地に建てられた小千田さんの天文台。
山道の開拓から望遠鏡の組み立てまで自らの手で行い、この6月には新しい望遠鏡も完成しました。
    090706_3.jpg
「此処は二つの山に挟まれた・・風の交わる場所だから空気が揺らがないので、星が瞬かない・・
 星のひかりが真っ直ぐに届く、地上の光に邪魔されない場所。
 あと星空もそうだけど・・=雲=がね、近い感じがするね(笑)」
 
そしてこの場所で沢山の子供たちが星を見ることが出来てハンディのある人たちが同じくここで何か働いていけるようになればそれが理想だし、応援してくれる人も増えてきているのが今は一番嬉しい、また頑張らなければと思う・・・と小千田さん。
 
「最近ECO(エコ)って良く言うけど、ゴミ拾うとかの行動も大切だけどもやっぱり心の中のECO(エコ)ってのが原点なわけだから・・・
 ここ、そういう事が話し合えるような場所にしたいんですよ(微笑)」   
     
 星空の素晴らしさをより多くの人へ。 小千田さんの活動はこれからも続きます。    
     

2009年7月13日

田淵展子さん(7/13)

田淵展子さん (新潟市・料理研究家)  

地元新潟を拠点に活動する料理研究家   田淵展子(ひろこ)さん。 

「子供の頃から食べることが大好きだったんですよ。
 食材の色や香りにもうわくわくしてました。大きくなったら絶対ケーキ屋のお嫁さんになる・・とか言って(笑)。」   090713_1.jpg
     
子供時代の夢のとおりに料理の道に進んだ展子さん。 
地産地消と食育をテーマに地元の野菜など「新潟県の食材」を使った料理を全国で紹介してきました。    
     
「新潟は何より水と空気と土が素晴らしいんです。
 だからこそ素晴らしい食材が取れる。
 でも、新潟のひとって色んな分野で東京とか中央からの発信を待っているだけなんですよね。そうじゃない、少なくとも=食=の部分だけは、こちらから発信していくくらいでないと駄目かな。」
 
「最近の世の中の流れでちょっと疑問なのは、 みんな何もかも=食べもの=のせいにしてるでしょ? 
肉が悪いとか野菜が悪いとか・・でも、多分違うんです。
 食べものはどれをとっても体には必要で大事なんで問題はそれを食べるほうの考え方、姿勢にあるんじゃないか・・ それが一番伝えたかったことかも知れないですね。」
 
090713_2.jpg
 今、田淵さんが一番力を注いでいるのが、 県内産の米粉(こめこ)を使ったレシピ。 米粉パンや米粉料理が次々と開発されています。    
     
「地元の良い食材を全国に知ってもらいたい・・・米粉もその延長線上にあるものなんですけど小麦粉の代わりじゃあ決してないんですよ。
米粉には米粉にしかない良さがあるんです。それをまず知ってもらいたいなあと思います。」
 
さらっとして油分が無く、何を作っても軽く仕上がるから胃もたれしない。    
まるで新潟の雪のように白く美しい粉なんですよ・・米粉・・と、展子さん。
 
「こんなにいいものがあるのに誰にも教えないなんて
 まず意地悪じゃないですか」090713_3.jpg
そう言ってなんとも優しげに微笑みなした。
 
「この先、若い農業をやっている人が
 どうやって=ものづくり=をして行くか
 その方向を見出す為のお手伝いが出来れば。
 若い=ものづくり=に関わる人たちが
 それこそ=いろんなもの=を新潟から
 発信して行けるような道作りが出来ないかな・・と
 それが今の=夢=でしょか・・。」     

 新潟県の食材の素晴らしさは
展子さんたちの努力と情熱によって
 これからも全国の食卓へ伝えられて行くことでしょう。    

2009年7月14日

これからのワンダフル新潟人放送予定

7/20 山崎 知春さん (卓球選手・柏崎市)
国体の卓球競技開催地となる柏崎市出身の卓球選手。
県外の強豪中、高校、大学、実業団を経て11年ぶりに新潟へ帰ってきた。
2年前の中越沖地震では自宅が半壊・・小学校時代に卓球を習った市の総合体育館も被害を受けた。
『住民を少しでも元気づけられるような試合を全力でやる』と、故郷で迎える晴れ舞台への思いは強い。
大学4年時の全日本大学対抗選手権、このときは自分の中のモチベーションを最高に高めることができ、チームの優勝に大きく貢献。4ヵ月後の国体で、再び自分を最高の状態に持っていきたい、と練習に励んでいる。
 yotei090720.jpg

 

7/27 山本 貢弘さん (伊沢和紙工房・十日町市)
十日町市(旧松代町)の犬伏地区にあった『伊沢和紙』。
伊沢地域で生まれ、伝えられてきた伊沢和紙の特徴は丈夫さ。
主に障子紙などに使われてきたが、戦後、ガラス窓が主流になると次第に廃れ、
昭和30年代後半に一度途絶えたが、平成2年、地元の小学校で卒業証書に使おうと復活。
子どもたちの頑張りを見て、大人たちも取り組みを始め、和紙工房を設立。
山本さんは6年前に、勤めていた会社を辞め『伊沢和紙工房』の専従者として働き始める。
素人同然からスタートした和紙作りだが、自分の技術をより高めていくことを目標に、日々紙作りに励んでいる。
yotei090727.jpg

 
 8/3 岡田 和也さん (はぜ蝋製作・岡田ローソク店代表・新潟市)
父である昭雄さんのローソクづくりの技術を受け継ぎながらも、
植物性の「はぜ蝋」を使った日本古来の手づくり和ロウソクを新潟の地で半世紀ぶりに蘇らせた若手ロウソク職人。
「手掛け製法」と呼ばれる伝統的な手法で作られる「はぜ蝋」は少し横長に広がるゆらぎが特徴で熟練の技が必要。
伝承の技と使い勝手を両立させた「いい物」を発信して行きたい、と語る。 
yotei090803.jpg 
 
 
 8/10 ごんだいら あやこ さん (ぐりーんらいふコーディネーター・新潟市)
もともとOLだったが、慌しい生活の中で体調を崩し仕事を辞めざるをえない状況に。
そんなとき、自宅に自分で庭を作ってみたら精神的にとても落ち着いたという。
そんな『植物と心の関係』に気づいたことで現在の活動を始めた、ごんだいらさん。
生花店で働きながら経験を積み、園芸福祉士の資格も取得し、
今は庭造りのコーディネーターや講演会講師などで活躍。
植物を通して『豊かな心のあり方』をいろいろな人たちに伝えている。

yotei090810.jpg

 

 

2009年7月20日

山崎知春さん(7/20)

山崎知春さん (卓球選手・柏崎市)   

 柏崎市・・・地元にいがた開催の国体に向け卓球の練習に励む1人の選手の姿が。     
      
 山崎知春さん。                                
090720_1.jpg 全日本学生選手権優勝の実績を持つ実力者です。     

ご両親とお兄さんも卓球の選手だった山崎さんは子供の頃から自然と卓球と触れ合ううち競技者の道を歩むことに。
 
「地元が柏崎ですし、国体の開催もあったんですけど
 なにより震災後元気がなさそうな故郷に何か出来るかなあ・・と。
 
地元に所属を移し、今度の国体に挑む山崎さん。
国体は今までやってきた事を披露する場であり
また、自分のプレーの一生懸命さを見てくれたひとたちに何か元気を与えられる場所にしたい・・と微笑みます。
 
090720_2.jpg「私自身の心境を一言で言えば・・・=挑戦=かな(笑)。
 
アスリートとして単に結果が全てではなく自分を追い込んで何処まで行けるか。
 
「その過程がなにより大事なんだ・・って思っています、いつも。」
 
 2年前の中越沖地震で自宅は半壊、     
 卓球を習った市の体育館も被害を受けました。     
 それだけに大会にかける思いも、
ふるさとに寄せる思いも熱くなりますね・・と山崎さん。
 
「国体の目標は最低=入賞=
・・そして=優勝=なんですけど(笑)
それ以上にそこへ至る過程を大切にしたいです。
頑張りは必ず試合に出る・・それを見てくれる人に
特にこどもたちに伝えたいな・・と。090720_3.jpg
自分自身ここまで来る練習の日々のなかで
コーチや若い選手の頑張りを見て、
子供たちの楽しそうな笑顔を見て・・
色んなパワーを貰っていますから(笑)。」     
      
卓球を通じて沢山のひとに                      
楽しむとか達成する喜びとその過程の大切さを
伝えることが私の卓球選手としての・・・
 
「ちょっと欲張りだけど=目標=なんです(笑)。」
 
にいがた国体まであと僅か・・誰にも負けない熱い思いを胸に・・・    
 山崎さんは今日もふるさとの地で練習に励んでいます。     
 
 

2009年7月27日

山本貢弘さん(7/27)

山本貢弘さん (十日町市・和紙(紙漉き)職人)      
 
十日町市犬伏地区。 工房で紙を鋤く一人の男性がいます。     
      090727_1.jpg
 山本貢弘さん。                     
 この地域に伝えられてきた伊沢和紙の伝統を6年前から受け継いでいます。     
      
 「小学校の時卒業証書に使おうという提案があって
 私も自分で此の紙、小学校の時漉いたんですよ。
 最後の職人さんに教わりながら・・・。」
 
 昭和30年代に一度は途絶えてしまった伊沢和紙。     
 地元小学校の卒業証書に使おうと     
 多くの人の熱意の下、平成2年に復活しました。      
      
 平成になって此の工房が出来た時
上越の鉄工所に勤務していた山本さん。
元々陶芸に憧れていたという興味の素地もあって此の工房の主となりました。
 
 「小学校の和紙づくりを進めて来たけやきの会という皆さんと
 原料づくりおから大本の楮(こうぞ~和紙の原料の木)の栽培まで
 一緒になってやらせて戴いてます・・一年中此処で紙弄ってますよ(笑)」
 
と、柔和な表情で語る山本さん。
 
090727_2.jpg「辛いとは思ったことは無いですね。
 此処の伊沢和紙は一度途絶えてしまったものですけど、とても歴史のあるものでしたから、復活させることは大事だ・・と思って就いた仕事ですし、今は昔ながらのやり方もね、今後復活させたいんですよ、木の灰使って紙漉くとか。独りですからとりあえずゆっくりと、一つ一つ。」
 
昭和30年代に最後の職人が和紙作りを止めて50年。
そのブランクを埋めて伊沢和紙を再生するには
数多くのひとの努力があったから・・だから頑張らなきゃ。
 
そういって山本さんはまたにこやかに笑います。
  
「最後の職人さんのおじいちゃんに言われました。
 =根気仕事だから長く続ければ続けるほど良くなる=ってね。
和紙作りって一枚一枚集中して心込めないと駄目なんですよ。
 そしてそう言う気持ちで漉いた紙にはこころも移ると思うから。
それが使う人に伝わってくれれば一番・・嬉しいですね。」
 090727_3.jpg
犬伏地区は=Uターンしてきたくなる土地=          
 事実工房の周囲では遊ぶ子供たちの声も数多く聞こえるとても=居心地のよいふるさと=・・と語る山本さん。
 
「ですから、合併した十日町市も含めてね。
 この故郷の人にまず伊沢の和紙を
 持って欲しいんですねえ・・ひとり一枚(笑)。
 地元の人にまず=いいなあ=と思ってもらえる。
 それがとりあえず今の一番の=夢=ですね(笑)。」
 
 犬伏の伝統技術は これからも・・・絶えることなく受け継がれていくことでしょう。     
      

提供

アーカイブ



番組テーマソング



NTTドコモ限定
番組テーマソング
カナデフウビ「明日には」
メニュー→メニューリスト→TV/ラジオ/雑誌→①TV→▼地方局ほか→□関東甲信越→新潟放送→ワンダフル新潟人!


Copyright© Broadcasting System of Niigata Inc.
BSN新潟放送TOP
Powered by
Movable Type 4.1