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2008年9月 アーカイブ

2008年9月 1日

吉田節子さん(9/1)

吉田節子さん (上越市 吉田バテンレース)


  080901_2.jpgアメリカで復元された古典レースが
ドイツのバッテンベルグにおいて貴族の愛好者に認められ 
育てられた工芸品・・バテンレース。
 
1898年、高田(現上越市)で冬の女性の内職として取り入れられ
その後高田は世界でも有数のバテンレース生産地となりましたが  
時代の趨勢と機械化により徐々に衰退していきました。
   
上越市に残る、創業110年を誇る吉田バテンレース。   
吉田節子さんはこのバテンレースのデザインから仕上げまでをこなす   
現在日本で唯一の職人です。    
   
  080901_1.jpg「昔、私が小学校の頃は、
 街の女性は全部と言ってもいいほど
 このバテンレースを編んでいたんですよ」
 
一人っ子だったので何の疑問も無く父の後を継いで
此処までレースを手作りしてきただけなんですけど・・と
優しげに微笑みながら語る節子さん。
   
かつては上越の地場産業として栄えたバテンレース
一時期は途絶えかけたかにも見えたこの伝統工芸が   
最近では、その繊細な美しさが改めて見直され、   
ファッション雑誌でも注目されています。   
   
「デザインとか流行じゃあないものですから(笑)
 逆に飽きのこない、手作りの良さがあるレースなんですよ。
 立体的で厚みがあって・・他とは違う趣きのある面白さが
 作っても使っても感じてもらえるものだ・・と。
 
日々の仕事に追われて此処まで来た感じはあるから
最後の後継者なんて大それたことは思ったことはないですけど
今、製作キットの通販とかも始まりましたから
今後若い方も含めて後継者が育ってくれるように
そっちの指導にも出来る限り頑張りたいですね・・。」
 
勉強、勉強、幾つになっても・・ですよ。
080901_3.jpg日本で最後になっちゃったんだから
それも宿命だと思って色々頑張たいですね・・
出来る限りいいものを作り続けたいな・・と思ってます。

そう語る節子さんの手で上越が誇る統工芸品は   
再び新しい時代を歩み始めようとしています。   

2008年9月 8日

カール・ベンクスさん(9/8)

カール・ベンクス さん (十日町市 建築デザイナー)

080908_1.jpg十日町市竹所・・かつて過疎に悩んだこの集落に    
古民家を再生した家が増え始めています。
いまや9軒だった古民家が36軒にまで・・     
    
この古民家復活の仕掛け人はカール・ベンクスさん。    
15年前、ドイツからこの地に移り住んで来た建築デザイナーです。    
    
「偶然、ドイツに持ち帰る建物・・日本の伝統建築、民家をね・・
 探した此処に来たですよ・・この竹所に・・それで感動しました。
 自然と、此処の民家の材料の質の良さと・・暮らしの址(あと)ね(笑)。
 だから、最初は、別荘のつもりで組み立てなおして作ったんですね、自分のために。」
 
そのうちに、此処竹所の人情に、自然にも魅せられて15年・・
私の気持ちにぴったり合ったんでしょうねえ・・とベンクスさんは笑います。
 
「此の十日町市竹所が無ければ多分日本に居なかったでしょう・・
だから、此処はもうワタシの村でもあるんです・・
色んな意味で此処でぜいたくな暮らしができていますよ・・」
 
080908_2.jpg新潟の山村に暮らし、日本の建築技術に魅せられ    
その文化を残そうとするカールベンクスさん。
その活動は高く評価され新潟市から表彰を受けるなど、
数多くの人に支持されてきました。    
  
「最初は・・それこそ自分のために建てた・・ですね。
 でもそのうち、その、私の家を見て色々な人が=住みたい=・・
 ・・=こんな家で暮らしたい=・・そう言ってくれました。
 で、今36軒・・此処に再構築して出来たんですね、古民家を建て直して。
 新潟の古い民家は材料が素晴らしいですよ・頑丈で雪に耐えるからでしょうか。
 だから・・作り直しすれば、きちんと現代に通用する、いい家になりますね。」
 

画家、東山魁夷は
「古い家の無い街は思い出の無い街だ・・」という言葉を
かつて残した・・とベンクスさんは語ります。
 
母国であるドイツでは築100年を超えた建物は
勝手に改築・解体できないという法律が制定されているくらいであって
日本の木造建築は世界にも類の無いものなのだから、
080908_3.jpg実際に住める家として日本の顔として今後も残さねばならぬ
ただ、其れは住める家、生きている民家でなければならぬのですよ・・とも。
 
「あと、この村、竹所の再生もどんどんやらなければね。
 盆踊りの踊り場も伝統的にしたいし、清水の沸く水汲み場も・・ね
 =村人(むらびと)=として地域のひとの為に何かしたいのですよ・・今、特にね。」
    
心優しい客人(まれびと)は頼りになる村の担い手に・・・
ベンクスさんの手によって古き良き日本がは、
新しい文化となって今に蘇っていきます。

2008年9月15日

白澤美佳さん(9/15)

白澤美佳さん  (新潟市出身 ヴァイオリニスト)     
親しみやすいクラシックを中心に
 美しいメロディを奏でる13人の美女たちのユニット
「高嶋ちさ子と12人のヴァイオリニスト」。     
    080915_1.jpg    
 メンバーの一人白澤美佳さんは新潟市出身。
このユニットでのコンサート活動の他にも     
地元と東京を中心に全国で演奏活動を行なっています。     
     
「高校は桐朋の音楽科・・入学するのが夢でしたから
 中学校時代学校の授業殆ど行かずに東京にレッスン行ったりして(笑)
 母が音楽教室やってて、子供の頃から気がつけば音楽・・だったんですよ。
 でピアノとヴァイオリンどっち専攻するのって聞かれて・・人のやってない方に・・と(笑)」
 
「ヴァイオリン弾いてて・・辛いこともあるけど楽しいですよ(笑)
080915_2.jpg 最終的に自分は此れしか出来ないって思いもありますから・・
 今、こうやってヴァイオリン弾けることが何よりまず=幸せ=(笑)」
 
単純に聴いてくれるひとが喜んでもらえれば、自分も楽しいし
人に感動してもらえればもっと嬉しい・・そう言って艶麗に微笑む白澤さん。
クラシックにより親しんでもらいたいという想いも込めて
映画音楽の吹き替えからテレビ番組の出演まで幅広く活動中で     
単にクラシックのジャンルにとどまらない活躍が期待されています。     
     
「高嶋ちさ子さんのユニットに入って・・やっぱりクラシックも、
 今は、弾くだけじゃ駄目なんだな・・と。
 喋れて芸事も出来てネタも無きゃいけないんだ・・と(笑)
 クラシックマニアのお客さん以外に初めて聴きにきてくれた人・・
 そういうお客さんに飽きずに聞いてもらう楽しんでもらう努力・・
 エンタテイメント性みたいなものを凄く学んだ気がしますね。」
 
「私自身・=どクラシック=だけじゃ物足りない部分がありますし・・
 いろんなジャンル勉強するためにも色々やってみよう・・と。
 新潟でのコンサートも毎年開催させていただいてますが
 まず、なにより自分の生まれ育った街、其処に住んでる人たち
 家族や友人に自分の成長を聴いてもらいたいのがあるし・・
 産まれた街の人に愛される音楽をやって行きたいんですよ」
 
080915_3.jpg「クラシックは聴いて見ると凄く楽しいんですよ・・ちょっと敷居が高い感じあるけど
正直=なんでポップスのほうが売れんだよCD!=とか思っちゃうくらい・・
だから、その楽しさを広めるための努力もしていきたいな・・これからも。」
 
飾り気のない口調で屈託無く語る白澤さん・・
彼女の奏でる音色が思わず聴いて見たくなるほど
魅力的な笑みが時にに弾けるように浮かびました。
 
「今が、今の音楽活動が一番楽しいし、大切だと思ってます
 だから、死ぬまで楽しく弾きつづけていられたら・・なあ・・って思いますよ。」

白澤さんの奏でる美しい音色は     
これからも沢山の人に届けられていくことでしょう。    

2008年9月22日

佐藤伸さん(9/22)

佐藤 伸さん (絵本作家 新潟市)

080922_1.jpg両手を絵本に見立てて
即興のお話しを読み勧める    
新しい遊び「おてて絵本」。    
    
その普及活動を行なっているのが、    
新潟市の絵本作家佐藤伸さんです。    
元は広告のプランナー・コピーライターだった佐藤さん
仕事として=父親の子育て参加=を謳った
ムックを作るという企画に関わるうちに
絵本作家の道を目指すようになったそうです。
 
「まあ、そのとき僕が妻の産休明けで
 なんとなく専業主夫してたこともあったんですがね(笑)」
 
そういって佐藤さん・・別名=サトシン=さんは柔らかく笑います。    
    
「その仕事で始めた絵本作りの中で、昔子供の頃にやった
 =おてて絵本=の遊びをひょっ・・と口に上(のぼ)せたんですよ。
 で、そのとき=え?それって何?面白いの?=って反応があって・・
 ああ、みんなこんな楽しいこと知らないんだ・・もったいないな。
 じゃあ、是非にも広めてみなきゃ・・と思ったんですね。」
080922_2.jpg 
子供の表現力を引き出せる遊びとして    
全国誌やテレビでも注目を受けている「おてて絵本」。    
今年の7月にはハンドブックも出版されました。    
    
「純粋に親と子、子供と大人がコミュニケーションできる・・
 子供が手を広げて其れを見ながら作るお話に
 大人が相槌うって一緒にふくらませて聞いて話して・・・
 想像力と創造力の両方がですね、多分育つんです。
 ひとと話す、ひとにお話を聞かせる行為によって・・。」
 
この時代パソコンやネットなどでの
新しいコミュニケーションは増えても
本来人間同士の会話で形成されて来たものが
080922_3.jpg無くなってきていますよね・・それを育てる為にも
こういう大人と子供の一緒の会話による=遊び=が
必要なんじゃないかなあ・・・と、佐藤さん。
 
その中で大人だって今まで見つけられなかったものを
発見する場合が多いんです・・と自らの経験も語ってくれました。」
 
「子供の中にあるものが・・ぱあ~っとね。
 外にあふれ出してくる喜びみたいなのが
 =おてて絵本=にはあると思うんですよ。
 それをね、数多くのひとに知って欲しい・・
 今はそれが一番の目的・・ですかね(笑)」
 
小さなてのひらが語る大きな夢・・
新しい「遊び」のスタンダードが    
新潟から全国へ発信されています。

080922_4.jpg

2008年9月29日

岡村智子さん(9/29)

岡村智子さん (新潟市 インド古典舞踊家)

080929_1.jpgインドの舞踊はある種哲学的要素をももった
素晴らしい表現芸術・・この奥が深いインド舞踊を習う人が
最近、新潟でも増え始めているそうです。

その、県内唯一の指導者が岡村知子さん。
4年間に渡る本場での修行後、ふるさとに拠点を移して活動しています。

「元々テレビ見ててもヨーロッパの端正な美しさより
 アジアのごちゃごちゃ~が好きだったんですよね(笑)
 会社勤めて一年目、カルチャースクールで習ってたんですけど
 本気でやるならインド行かなきゃ・・と思って・・また其の頃
 習ってた先生のも薦められたんですよね・・インド修行(笑)」

入社一年目のOLだった岡村さんは一年ほどの気持ちでインドへ
しかし現地でインドの古典舞踊にふれるうち、
此処で区切りが付くまでは、と舞踊にのめり込んで気付けば4年。
帰国後本格的にプロの道へ進むことになったのだそうです。

「最初は一年やって・・普通に何食わぬ顔で
 社会復帰しようと思ってたんですけどね(笑)」

080929_2.jpg岡村さんをここまでとりこにしたインド古典舞踊の魅力・・
其れはまず第一に気の遠くなるほど深い身体表現。
其れは言って見れば哲学の域にまで至るもの・・・
その魅力をより多くの人に知ってほしいと岡村さんは語ります。

「インド舞踊って言われても
 普通の方はなかなかイメージが出来ないようで、
 アラブとかタイの踊りとイメージごっちゃになったり・・
 最近は流行のヨガの一種と思う方も多いみたい(笑)

 ただ此れは凄く奥のの深い身体表現なんですよ。
 その哲学的解釈なしでは絶対に踊れないし
 まあ、自分の内面と向き合い続けることでもあるんです。
 だから、自分が踊るたび、成長するたびに踊りは変わります。
 見る人も同じ、向き合う人の感性で幾らでも見方は変わる・・
 其処がいちばん伝えたい部分なのかなあ・・」

080929_3.jpg国内外での公演も積極的に行っている岡村さん。
その華麗な演技は本場インドでも高い評価を受けています。

新潟はまだ誰もインド舞踊を本格的にやってないから
自分の足跡がそのまま歴史になる・・そんな自負もありますね・・と
ちょっとはにかんだ風情で語る岡本さん。

インド舞踊を伝えることはインドの文化・哲学を知ってもらうこと。
身振り手振りのひとつにも深い意味を込めた悠久の歴史の身体表現。
「踊り」から伝えられる異国の文化が少しづつ新潟に浸透し始めているようです。

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