吉野明雄 (柏崎市えんま通り商店街 写真店店主)
柏崎市「えんま通り商店街」
去年の中越沖地震では大きな被害を受けました。
この地で写真店を営む吉野明雄さん。
地震発生後2日目から、
変わりゆく町の様子を撮りつづけて来ました。
「最初は人の不幸を撮る気持ちにはなりませんでしたね。
去年の中越沖地震では大きな被害を受けました。
この地で写真店を営む吉野明雄さん。
地震発生後2日目から、
変わりゆく町の様子を撮りつづけて来ました。
「最初は人の不幸を撮る気持ちにはなりませんでしたね。
ただ、ある処から仕事として撮らないか・・というお話が来て。
実際私も被災者の一人でしたから先立つものも欲しいですし(笑)
実際最初は、仕事のつもりでしたから後ろめたさもあったんです、
ただカメラを向けた近所の人たちが~アンタが撮ってくれてよかった~と・・ね。
ああ、自分じゃなきゃこの写真は撮れないんだ・・と。」
一枚の仕事の写真に対して5枚は=自分の=写真を撮ろう・・
そう吉野さんは決意して復興写真を撮り続けたそうです。
震災直後、炊き出しのカレーライスに並ぶ無表情の=ひと=の群れ・・その一人ひとりが自分がカメラを向けることで笑顔に・・・
苦しいときなら苦しいときなりの笑顔になってくれる・・
その表情を追おう、こころの復興を撮り続けよう・・と思った。
穏やかに語る吉野さんの表情には、実際に震災を体験し
それを乗り越えた人だけが持つ不思議な力強さがありました。
去年の11月には横浜で震災写真展も開いた吉野さん。
復興へと歩む町の姿を全国の人たちにも発信ししています。
「写真は記録なんです・・見た人がどう受け止めるか・・それでいい。
復興へと歩む町の姿を全国の人たちにも発信ししています。
「写真は記録なんです・・見た人がどう受け止めるか・・それでいい。
撮り方は自分のスタイルですがねえ・・あくまで=記録=なんですよ。」
写真家、とお呼びすればいいのでしょうか、と言うスタッフの問いに
街の写真屋の親爺でいいんだけどさ・・と笑った吉野さん。
この街の人たちの、こころの復興を撮りつつ、
自分も故郷=えんま通り商店街=の
新しい街づくりにこれからは頑張って行きたいとも語ります。
「ひとに優しく、特に子供と年寄りに優しい街に・・ね(笑)。
路地があって井戸があって、いつ何があっても誰が何処に居るか判る・・ そういうコミュニケートな街にしなきゃ、とこの震災で思いましたよ。
気配りと助け合い・・これがこの震災で一番学んだことかな(笑)。」
震災以降吉野さんのカメラバッグにはいつも懐中電灯。
どんな時でもこの灯りで誰かの不安を取り除けるかもしれないからね・・
そう言って莞爾として笑う表情に覗く、何かを乗り越えて来た逞しさ。
自分の撮る一枚の写真で、ふるさとに再び笑顔を...
吉野さんは今日もシャッターを切り続けます。
吉野さんは今日もシャッターを切り続けます。




