宮川愛一郎(新潟市 ダンスカンパニーNoismダンサー)
新潟市を拠点に世界各国で活動を行なっているNoism。 日本では数少ない市が運営するプロの舞踏芸術集団です。
「りゅーとぴあ」の専属ダンスカンパニーとして2004年に結成されました。
ダンサーの一人、宮河愛一郎さん。
チームのエース的存在です。
「高校時代は演劇課科だったんですが・・ ダンスの成績の方が良かったんですよ(笑)。 口惜しい反面、のめりこんで続けているうちに 止めるに止められずのめりこんでいって・・卒業したあとに やるなら、ニューヨークへ行くぞ・・と。」 求道者のような風貌で淡々と語る宮川さん。 鍛え上げた肉体に裏打ちされた芸術家の魂が 滲み出てくるかのような重さのある語り口です。 「海外では当たり前の事なのですが・・ Noismは新潟市が持っているダンスカンパニーですよね。 2004年の発足のときにちょうど帰国していたのもあって たまたま遊びにいって雰囲気の好さとかに惹かれて・・」 「作品により振り付けが何を求めるか・・ アーティストである自分の表現と同時に 振り付けの求めるものをやろう・・としますから・・ 人の作品でお客さんの印象をどうこう言うのは名難しいんですが 舞台芸術に足を踏み入れたときから =見たことによって感動して夢をもってほしい=んですね。 ありきたりだけどそれが始まり、それが全てですね。 それだけは、忘れないようにしています。」
多くの人にコンテンポラリーダンスの面白さを知ってもらいたい。
宮河さんは忙しいNoismの講演活動の合間、 個人のパフォーマンス公演にも力を注いでいます。
「人に何かあたえたい・・というよりも 僕自身が(単独公演を)やることで受けたい、換わりたい。 ・・今のままじゃ駄目という気持ちが常にあるから。 結果はいまはわからないです・・ただ何年かしてからわかるものだと思う。 今、やらないと変わらないですからね・・・精神面で。」 プロの芸術家としての苦悩、矜持・・そして強い意志 宮川さんたちNoismメンバーの手によって 世界レベルの芸術が今、新潟で確実に着々と育っています。 「なによりも、僕達を=見て=ほしい・・ それがすべてです、それでわかる・・と。 それがプロダンサーなんです。」
「りゅーとぴあ」の専属ダンスカンパニーとして2004年に結成されました。
ダンサーの一人、宮河愛一郎さん。
チームのエース的存在です。
「高校時代は演劇課科だったんですが・・ ダンスの成績の方が良かったんですよ(笑)。 口惜しい反面、のめりこんで続けているうちに 止めるに止められずのめりこんでいって・・卒業したあとに やるなら、ニューヨークへ行くぞ・・と。」 求道者のような風貌で淡々と語る宮川さん。 鍛え上げた肉体に裏打ちされた芸術家の魂が 滲み出てくるかのような重さのある語り口です。 「海外では当たり前の事なのですが・・ Noismは新潟市が持っているダンスカンパニーですよね。 2004年の発足のときにちょうど帰国していたのもあって たまたま遊びにいって雰囲気の好さとかに惹かれて・・」 「作品により振り付けが何を求めるか・・ アーティストである自分の表現と同時に 振り付けの求めるものをやろう・・としますから・・ 人の作品でお客さんの印象をどうこう言うのは名難しいんですが 舞台芸術に足を踏み入れたときから =見たことによって感動して夢をもってほしい=んですね。 ありきたりだけどそれが始まり、それが全てですね。 それだけは、忘れないようにしています。」
多くの人にコンテンポラリーダンスの面白さを知ってもらいたい。
宮河さんは忙しいNoismの講演活動の合間、 個人のパフォーマンス公演にも力を注いでいます。
「人に何かあたえたい・・というよりも 僕自身が(単独公演を)やることで受けたい、換わりたい。 ・・今のままじゃ駄目という気持ちが常にあるから。 結果はいまはわからないです・・ただ何年かしてからわかるものだと思う。 今、やらないと変わらないですからね・・・精神面で。」 プロの芸術家としての苦悩、矜持・・そして強い意志 宮川さんたちNoismメンバーの手によって 世界レベルの芸術が今、新潟で確実に着々と育っています。 「なによりも、僕達を=見て=ほしい・・ それがすべてです、それでわかる・・と。 それがプロダンサーなんです。」




