2010年3月 5日

飯塚昇さん(3/5)

飯塚昇さん(燕市・キセル職人)

「欲しい人が居てくれるから作ってるんだね(笑)
 欲しいと言う人に分けてあげられるのが嬉しい。
 まあ、単純なことなんですがね。」100305_1.jpg

江戸時代から200年以上も続く
燕市の伝統産業、キセルづくり。

その技を現在に受け継ぐ
たった一人の職人が
飯塚昇(いいづかのぼる)さんです。
   
「ひとつの道具なんですよ、元々
 今は趣味的に眺めたりされる方も
 多いんですが。
 細工まじまじと眺めて楽しまれたりね・・・
 だからますます手抜きなんか出来ないねえ。(笑)」

一徹そうな風貌に時折笑みを浮かべる飯塚さん。

「キセルや矢立は燕の産業の大本だとも思うんだね。
 それに、まあ、手で作るもんだから・・
 心がこもってるもんだと自分では思うし
 そういう気持ち感じて大事に使って戴ければ
 まだまだ頑張れるような気がしますよ。(笑)」

100305_2.jpg伝統にのっとった手作りの味わいが滲み出るキセル。

今やその芸術性が高く評価される中、飯塚さんは    
全国各地の伝統工芸品展への出品も積極的に行うなど、    
キセル文化を後世に残す活動も行なっています。

「昔の名人上手の作ったモノの
  真似事をしてるようなもんです。
 ただ、出来れば一本でも多く、
  一日でも長く作っていたいねえ。
 刻み煙草ももう一種類しか出回らなくなって、煙草吸うのも
 肩身が狭いような世の中だから、先のことは判りませんが。(笑)」

 「いつまでも、その、愛用してくださる方が居るうちは・・
 身体が動くうちは、好きなことをして好きなものを作ってますから
 喜んで造り続けて行きますよ・・まあ、今は跡継ぎは居りませんが
 若いのがひとり居るんで、此れが覚えてくれればとも思いますし
 まだまだ頑張らないとねえ、後期高齢者になっちゃったけど(笑)

 ただ、何時まで経っても100点満点の奴は・・なかなか出来ないねえ(笑)。」

100305_3.jpgキセルは江戸から400年の文化であり嗜好品であり民芸品でもあり・・
だから、日本の文化として燕の工芸品の文化として守っていくのが使命。
口には出さずとも飯塚さんの強い眼差しはそう語っているように思えました。

燕の伝統工芸は今も絶やされることなく全国へ発信されています。
一徹で自然体な職人、飯塚さんの熟練の手によって。

2010年2月26日

立川治秀さん・中林照雄さん(2/26)

立川治秀さん・中林照雄さん(新潟市亀田・染色織物業)
 100226_1.jpg
新潟市亀田地区の特産品  
亀田縞(かめだじま)。  
   
一度は消滅してしまったこの地域の伝統を復活させたのが
立川治秀さんと中林照雄さんです。

立川
 「6年前くらいでしたか・・
 繊維組合の理事長やるくらいの
 クラスの機屋(はたや)が二軒一緒に
 廃業してしまいましてね。
 それほど仕事が少なくなっているん
 です。そんな危機感の中、昔在った亀田縞に目が行ったんです。」

中林
 「郷土資料館に幸運にも現物が大量に残っていまして
  その織(おり)のサンプルを解きほぐして調べましてね。
  農作業の閑散期、冬に元々織られていたものですから
  昔の着物でして、洋服になって途絶えていたんです。」

100226_2.jpg綿100%の、農耕着であった亀田縞。
その自然、天然な着心地のよさと洗うほどに馴染むその独特の風合いは、
国内通販雑誌や海外ブランドなど  
幅広い方面から注目を集めています。  
   
立川
 「最初は地元から
  売れ始めましてね。
  亀田縞の亀田という名前に
  惹かれた方が多かったのかと。
 
  合併して新潟市江南区になって以来、
  =亀田=という名前が消えていく中での
  =亀田縞=ですから・・懐かしさも手伝って。
  最近はネット販売も広がり始めていますし、
  今回のようにようやくメディアも注目してくれるようになって(笑)
  地域ブランドの商標も今登録中なんですよ・・・」
 
中林
 「綿100%のね、言ってみれば=粗野=ですが
  自然で着やすい使い心地が一番の魅力か、と。
 
  =縞(しま)は着てみないとわからない=と昔から言いますね。
  だから、必ずリピーターが出てくれる自信は御座います。
  家で洗っても風合いが残るので、エコでもありますし。」

復活して5年目の今年、
素材に麻を混ぜた新しいバリエーション開発など
若い人に着てもらうための取り組みも進んでいる=亀田縞=。

中林100226_3.jpg
 「私たちふたりで復活させたもの
  ですからね。
  今後は周囲の流通や販売も含めて
  もう一度、=亀田縞=を育てて
  いきたいですね。」

若林
 「それこそ、ジャパン・ブランドの
  一つとして・・ですか。
  全国、いや、世界に広まればと、
  願っています。新たな=亀田=の
  名物の復活として。」

二人三脚で頑張っていきますよ、と
最後に笑顔で語った立川さんと中林さん。

生まれ変わった亀田地域の特産品は  
この地から多くの人へ発信されています。  

2010年2月17日

立川奈美絵さん(2/17)

立川奈美絵さん(長岡市・ショットバー=ベスト=・バーテンダー)     
 
長岡市で働く女性バーテンダー    
立川奈美絵(たちかわなみえ)さん。     
      100217_1.jpg
若手バーテンダーが技術を競う大会で全国2位という実績を持つ実力者です。

「調理師学校の出身なんです、私(笑)
就職のとき、偶然今の店の求人が在って華やかさやカッコよさに憧れたんですね、最初。」

でも、実際に始めてみたら、思った以上に
 
「勉強することばかりで、 頭の悪い(笑)私には
 正直、もう、どうしようかなあ?と思う事ばっかり(笑)。」

100217_2.jpg毎日が勉強なんですけど、お客さんが優しいし
長岡は気取らずアットホームにこういう仕事が出来る感じで
いまは、ある意味とても充実しています、と、立川さん。 
    
地域ならではのカクテルづくりにもチャレンジし 
県知事賞を受賞した「地酒を使ったオリジナルカクテル」は多くの地元ファンにも愛されています。    

 「地酒のカクテルは、やっぱり地元の色をだしたいなあ、と。
 長岡らしさを発信したいと思って作ってみました。
 話題性もあって良くご注文もいただけるようになったんですけど
 飲んだお客さんに=美味しい=といってもらえるのが
 やっぱり、なにより一番嬉しいですね。」

「今、ここ(長岡市)も不景気は不景気、なんですよ。
 こういう話題になるカクテルを作ることで、少しは・・
 ここの賑わいを取り戻すための貢献ができたらいいなあ・・って。」

コンクールに参加したことで技術も研(みが)かれ知識も増えた。
いろいろなカクテルの種類も経験することが出来たけど
一番の収穫だったのは=女性でも頑張ってんだ=と
思ってくれるお客様が増えたかな、と思うことかも・・・

屈託の無い笑顔で立川さんはシェーカーを手に取ります。

「だから、常に勉強してお客さんに喜んでもらえる・・
 お客さんに笑顔になってもらえる=バーテンダー=になりたいです。」

これからも一歩一歩勉強していきたいし
100217_3.jpgいろいろなカクテルも作ってみたい。
沢山大会に出て腕も研(みが)いていきたい・・

「まだ、先のことは、判らないけど
 とにかく一生懸命に、笑顔で頑張ります(笑)。」

笑顔の似合う若い女性バーテンダーの供する
地酒ベースの長岡ならではの本格的なカクテル。
ふるさとの味のひとつとして地元にしっかりと根づき始めていました。


    

2010年2月12日

阿部喜市さん(2/12)

阿部喜市さん(新潟市・プチヴェール生産農家)
 100212_1.jpg
新潟市新津(にいつ)地区で    
5年程前から栽培が行なわれているのがプチヴェール。
平成2年に静岡で生まれた純日本産
みどりの薔薇のようなかわいらしさもある野菜。    
     
地域の新たな特産品を...と    
このプチベール生産に力を注いできたのが、    
阿部喜市(あべよしいち)さんです。    
     
 「まあ、実家に入って農業してて、米中心だったんで
 冬の作物は何が作れるか、と、考えてまして・・ずっと。
 そこにこのプチヴェール、紹介されたんですよ。
 ああ、これかな、と思いましたね・・見てすぐに。」    
     
いの一番にこの信野菜の栽培に取り組んだ阿部さん。
とはいえ、栽培への取り組みは試行錯誤の繰り返しでした。    

取り組んで5年余徐々に安定した品質と収量が確保できるようになり、    
栽培農家も50件を超えるまでになりました。     
     
100212_2.jpg 「今は、この地域の周辺の皆さんからでいいんで
 プチヴェールの美味しさを知って欲しいんですね。
 
 冬育つ野菜なんで、何より甘みが強く出るんですよこれ。
 新津はやっぱり雪も降る分だけ、尚更甘いですから(笑)」

プチヴェールはまだ生まれたばかりの野菜だから
作り方もこれからどんどん進歩させていかなきゃ駄目だから
そして産地として作る農家ももっと増えてくれれば・・
で、食べる人もどんどん増えてもらえるように、って
考え始めるともうキリが無くってね、これが・・・。
まあ、毎日が試行錯誤の繰り返しなんですけど(笑)・・と阿部さん。
 
「地域の名産・・周りでは殆ど作っていない野菜ですし
 そういう意味でも期待かけてます(笑)。
 とりあえずは、地産地消が最近の流行?ですから
 
 まず、この、にいつさつき農協地域の周辺から、ね
 =プチヴェール?それ何?=って、言われないぐらいに
 知名度あげて、みんなに食べてもらいたいですね。」
 100212_3.jpg
「本当に、びっくりするぐらい、=甘い=んですよ、プチヴェール。
皆さんも是非、一度食べてみてください、本当にわかりますから・・」

最後に笑いながらそう言いつつ、
阿部さんはまたプチヴェールの畑に戻っていきます。

雪におおわれた北国の地で、若い農家後継者の熱い思いを込めて     
新たなブランド野菜は、今、確実に大きく育っているようです。
 
 
=お知らせ・・次週のワンダフル新潟人はオリンピック放送の為
  2月17日(水)・よる7時50分からお送りいたします。=

 

2010年2月 5日

上山裕二さん(2/5)

上山裕二さん(新発田市・新発田中央高校教諭)。     

新発田中央高校吹奏楽部
100205_1.jpg実は、毎年12月にチャリティ演奏会を開催しています。
普通の高校のブラスバンド部であれば
定期演奏会という名前になるところですが、新発田中央高校はあえてチャリティ演奏会に拘(こだわ)っています。

この吹奏学部の顧問が上山裕二(かみやまゆうじ)さん。
実は、このブラスバンドの発足のきっかけにそのこだわりのわけが・・・

「・・、まあ、お恥ずかしいことですが、
このバンドの発足当初学校がかなり=荒れて=いたんです。

そこでまず一生懸命何かに打ち込む姿勢を育てよう・・と。
それには、少しでも社会の役に立つことができないか・・と。

最初は決して演奏も上手くなどは無かったんですけどね。
たとえ、雪の降る路上の演奏でもいいから音楽会をやって募金を募ろう・・と
そんな思いから始まったというコンサートなものですから。」

このチャリティーコンサートの継続は人間形成でもあり
単なる高校生として以上に社会の約に立てるかもしれない・・
その思いを基軸に、新発田中央高校のブラスバンドは
音楽を通じチームワークを磨き人間性を育てることが第一。

100205_2.jpg「演奏の上手いのはまあ、理想なんですけれどね(微笑)
それよりも何よりも人間性を高めることが目標なんです。
少なくともこのバンド活動の大元は。」

地域のイベントでの演奏会、地元でのパレード演奏。
そして、29年間行なわれ続けてきたチャリティ演奏会。    
その社会への貢献度が評価され、去年の11月日本フィランソロピー協会からの表彰を受けました。    

「なぜチャリティー演奏会の名前ににこだわり続けるかと言われると・・
まあ、演奏会の入場料から募金活動をずっと続けていることもありますが
生徒の、あと自分自身の=心構え=みたいなもののイメージでもあって・・

自分たちのやりたい演奏をやる、ということだけではなく
お客さんに喜んでもらえる演奏、ですね、それがまず大事だと。
あと、今の若者の=一生懸命さ=を伝えるという事。
土・日も休み無く練習を続けて己の思いを伝えるということ。
で、それを頑張るこの生徒たちの=姿勢=でしょうか・・・

演奏の上手い下手もともかく、それが=一番伝えたいこと=なんですよ。」

ブラスバンドは沢山の異なる楽器のパートが
それぞれの個性を主張しながら一緒に演奏することで音楽という結果を作っていく・・一人じゃ出来ない。100205_3.jpg
これは=人間ひとりで生きてるんじゃない=、と同じこと。

そしてそこから出来上がったもの(演奏)がまったく見ず知らずの人たちのこころを喜ばせてくれたりする
自分たちがそれが出来る、という楽しさ。

生徒たちのこころの音楽をより多くの人たちに。

「生徒のそういう社会の中での頑張り・・
それを知ることを私自身はこれからも手助けできれば良いですね。
できる限りこのブラスバンドの顧問でいたい、と思っています。
聴いてくれる人がどう感じてくれるかを常に考えた演奏が出来るように。

なによりも生徒たちが音楽を通じてしっかりと成長できるように。」

新発田市民の心に届けられた音楽は
生徒達の心も育んでいます。

 

2010年1月29日

工藤賢也さん(1/29)

工藤賢也さん (佐渡市・尾畑酒造杜氏)
    
佐渡市、尾畑酒造(おばたしゅぞう)。    
日本酒の仕込みが行なわれています。     
      100129_1.jpg
この酒蔵の杜氏が工藤賢也さん。    
今では珍しくなった蔵人泊り込みによる早朝仕込みをここまで実践してきました。

 「他の蔵の事は良くは知りませんが・・・
うちでは今も昔も同じ、あたりまえに仕込みます。
ええ、泊り込みで、自分がここに来た時もそうでしたから。」

夜の仕事、麹造りは今ではタイマーによる機械監視も出来ると言います。
ですが、やはり自分の目で確かめてやらないと、という拘(こだわ)り。
それが自分の、また、この酒蔵のやり方、と微笑する工藤さん。

100129_2.jpg「酒は、一番気候風土と切り離せない代物ですしね。
その土地の色も匂いも出てしまうから・・・。」

寡黙な杜氏の柔和な眼差しの中に潜む作り手の意地。

全国新酒鑑評会では新潟県最多の6年連続で金賞を受賞。
手づくりにこだわった酒造りは多くの人から高い評価を受けています。

 「方針として賞を獲ることに拘(こだわ)ってはいません。
できることを積み重ねた結果としてそこに賞があるというのが理想。
そんな気持ちでやっています、これも先輩から伝えられたとおりに(微笑)。」

「酒は、食品の中で一番添加物とか香料とか・・入れられないんです。
だからこそ昔ながらの造りや味が残っている部分も多いと思いますから・・・
だからこそ佐渡で作れば=佐渡の酒=になるんですよね。
それをね、判って飲んでいただけると面白いんじゃないかなあ。
この酒を飲むとこの景色や風土が浮かんでくれれば。」

お客さんに喜んでもらえる酒造り、ニーズに合わせ甘口から辛口まで。
自分ひとりよがりにならぬように造ることを一番に。

「あとは、まあ、正直、値段と味のバランス・・ですか(微笑)」

100129_3.jpgそう言って寡黙な杜氏は優しげに微笑みました。

「酒は、=水=と=米=なしでは出来ない代物なんです。
最近、何処でも水が汚れて、そして米だって汚れてくるかも知れない。
その=水=と=米=を守る、ふるさとの風土を大切にしたいですね。
体力続く限りはこの仕事を続けて行きたいと思ってますから・・・
酒造りはやって楽しく充実感のある仕事・・・ですから(微笑)。」
 
佐渡の自然と工藤さんの情熱は
今も確かに新潟の銘酒を育んでいます。

 

 

2010年1月22日

A&K 鎌倉亜子さん・中村香苗さん(1/22)

A&K 鎌倉亜子さん・中村香苗さん(新潟市・ヴォーカルユニット)
    
新潟市を拠点に活動する女性ヴォーカルユニットA&K(エーアンドケー)

新潟市のカラオケスポットで歌っていた亜子さんが
お客で来た香苗さんの声に引かれてユニットを組み
地元を中心に地道な音楽活動を展開。

命の尊さや新潟の自然保護をテーマに100122_1.jpg
ライブイベントや福祉施設などでその歌声を披露してきました。

「歌唱を教える仕事を今、並行してやってるんですけど
思春期の生徒さんに接する機会が以外に多いんですね。

私も中学生の子供が居るのですが、この先、だんだんと田んぼが無くなったり新潟の自然が少なくなっていくような・・
だから、この自然と、其れを介した何か繋がるものを子供たちに伝えたいなあ・・と、思うんです」・・と、香苗さん。

100122_2.jpg「確かに自然が無くなってますよね、私たちの子供の頃より・・
ゲームなんかするより外で走り回っていたほうが面白かった頃よりも。

まあ、今でもうちの子が時々ザリガニとか何処かから獲ってきますけど(笑)
で、それを見てあらためて=自然っていいなあ=・・と(笑)。
そんな自然への感謝を込めて歌いたいし伝えたいなあ、と・・
其処のところはふたり一緒なんだなと思います・・」・・と、亜子さん。

この、ふるさとと自然を愛するふたりの女性ユニットは
去年の秋、朱鷺をテーマにした楽曲を製作しCDアルバムに収録、発売。
その収益金を朱鷺保護団体に寄付することも考慮中・・・

「まず、新潟の、地元の人に共感してもらえる歌にしたいんです。
それで、地元の盛り上げが出来たらね、一番いいかな。」

「県外の方のイメージの新潟って、良い印象があるように思うんです。
四季がはっきりしてて、食べ物が美味しくて、人間が暖かい、みたいな。
そういう部分を表現者として出していきたいと思うんです。」

それぞれにふるさとへの思いを述べる亜子さんと香苗さん。

100122_3.jpgユニットとしてヒット曲が出せればとても嬉しいけれど
それ以上に、私たちの生のステージを聞いてくれるひとが増えれば
私たちの音楽を聴いて一瞬でも癒されてくれるひとが増えれば

時にこころが苦しい時、そういう人たちの癒しになるような・・・

「そういう曲を作ってそういう思いでこれからも歌って行きたいです。」

歌声に込められた二人の「思い」は
これからも多くの人へ届けらていくことでしょう。     

2010年1月15日

中島洋巳さん(1/15)

中島洋巳(ひろみ)さん (村上市岩船・中島木箱工場)
 
県北、村上市の海沿い・・・漁港岩船港を望む場所に、    
牛乳入れなどの=木箱=を製造して40年の工場があります。

「いや、造船がね、木からFRP(プラスティック樹脂)に変わってねえ。
最初に、木箱作るようになったきっかけは、それなんですけどね。」

工場長で親方の中島洋巳(なかじまひろみ)さん。 
元々は船大工だった先代の木工技術を受け継ぎ    
様々な=木箱=製品づくりを行なってきました。     
 100115_1.jpg
「最初はそれこそ地元の牛乳業者の依頼で作って・・・
そのあと牛乳箱、仕出の配達箱、パンの箱・・
色々作ってたんだけど、それもプラスチックになってねえ。
でも、また、最近=木のぬくもり=みたいなのが見直されるようになって、また売れるようになりまして。」

=木のぬくもり=が見直されるようになった最近インターネットでの販売を始めるようになってからは全国から注文が相次ぐようになった、と、中島さん。

「親爺が船大工だったから、手でかける鉋(かんな)の技術とか
見覚えで覚えた手仕事の=味=って言うか・・・・
手作りは一番=味わい=があるんだと思ってます。」

100115_2.jpgすべて職人の手仕事で作り出される=木箱=
材料のほとんどは地元の杉の間伐材を使っています。
手に取った瞬間、買ってくれたひとが笑顔になるように・・
一個一個心を込めて作る=木箱=には
確かに手仕事ならではの優しさや存在感が。

「注文してもらってね、
オリジナルの木箱も作るんですよ。
そこの部屋のスペースにきっちり収まる=箱=。
ジャストのサイズの=箱=を作るんですよ・・。
そんなときはお客さんからアイディア貰うことも多くてね。
使ってくれる人と一体になれるような気がして。
それも、=木箱=づくりの魅力なんですかねえ(微笑)。」

最近はこの=木箱=づくりの温もりと
その手仕事に憧れた若手職人も工場に入ってきました。

・・・木で出来るものはたくさんあって、キリがないけれど
ものづくりが好きな子だから、この子と一緒に頑張って
いろいろ新製品も作って行きたいね・・・と、中島さん。

「今、自分の娘やこのあたりのおばちゃんもね、
ここで働いてくれてるんですよ、100115_3.jpg
だから・・この先・・・
ここでいつまでも皆で働ける場所としてね、ふるさとで。
守っていければそれもいいなあ、と・・・。」

北国の漁港に根づいた船大工の伝統。
それが今に息づいた手作りの=木箱=。
=木のぬくもり=を感じさせるそれは
ふるさとのぬくもりとくらしを守る力でもありました。

「ここでしか出来ない=木=の良さみたいな・・
沢山のひとに使ってもらえたら幸せですよ。」

村上生まれの=木箱=は作る人の思いも乗せて・・・
今日も全国に、世界に向けて送り出されています。

 

2010年1月 8日

若林美津枝さん(1/8)

若林美津枝さん(プロダンサー・佐渡市)

佐渡市・・・軽快なリズムに乗り
ダンスのレッスンが行なわれています。
      
指導を行なっているのは若林美津枝(わかばやしみつえ)さん
この地を拠点に活動するプロダンサーです。

「最近は何処で舞台に立っても100108_1.jpg
=佐渡のダンサー=って言われるんですよ。
私、一個人として認識される以上にそう言われるのが嬉しいです。」

ダンスを始めた中学生のころからずっと思っていたこと。
佐渡から、地方からでも世界に通用するダンサーになる。
そう決心したことを、今、少しづつでも証明出来ていると感じられることが
今、なにより嬉しいかな・・と、若林さんは言います。

「実際、2000年から全国のコンクールに出場して今思っているのは・・
=此処は田舎だから時代遅れだから都会には敵わないのかな=って
気持ちが常に在ったんです・・でも、佐渡って逆にある意味=何も無い=んですね。
だからこそオリジナリティのある唯一のものが作れるんだ・・って。
欠点だと思っていたことが逆に優位なんだ・・と、気づきました(笑)。」

100108_2.jpgだとしたら、佐渡を拠点に活動することで
ご自分の表現に何が生まれると思いますか?という問いに
ふと小首をかしげて微笑んだ若林さん。

「知らず知らずのうちに、ですけど・・豊かな自然、ゆっくりした時間。
気持ちの良い雰囲気、そういうものが滲み出てくるんだと思っています。
これは、私だけじゃなく、私の生徒たちのダンスでも同じなんですよ。
演技を始めるとどこのステージの上でも、=ゆったりした空気=が流れ出しちゃう(笑)。
これって、やっぱり、=佐渡で踊っている=からなんだなあ、と思います。」

9年連続で参加している全国ダンスコンクールでの1位受賞
ジャズダンス世界選手権で6位など実績を残してきた若林さん。
現在では佐渡から新潟、東京、台湾と、その活動の幅を広げています。

「16歳から一応ダンスを教え始めて・・正直私と同世代から上のひとたちには
ここから外に出て行ったときに=佐渡出身=ですって言いづらかった気持ちというか
そういう感じをもっていたひと、多かったんじゃないか、と思うんです。
これからは、私の場合、踊りを通じて、故郷の空気とか醸し出せるものに
誇りをもってやっていきたいし、そういう思いも生徒たちに教えてあげたいですね。」

「ダンスを、踊ることを教えるだけじゃなく、ダンスを介して人間的に何を学ぶか。
ただ技術的なことだけだったら学ぶ価値はない、と、今思っていますから。」

ダンスを教え始めた頃は、100108_3.jpg
ただ只管に生徒を見続けていたけど
あるとき、=逆に先生は常に生徒に見続けられているんだ=と教わった。
だから、今は100%あらゆる意味で生徒たちの見本になるような先生で在りたいし
表現者としての自分は、より佐渡を題材にした作品を・・
金山、能、自然、そして、今テーマにしている=朱鷺=とか
オリジナリティにあふれた=佐渡=での自分の表現を深めていきたい・・・

「その中で、日本に限らず世界中から、佐渡に私の踊りを見に来てくれる・・
そういう人が沢山増えてくれたら、佐渡にいながら世界に発信できたら、
そして、常に教える子供たちの前を、手本として歩いていけたらと願ってます。」

世界に羽ばたく佐渡の文化が生んだパフォーマンス。
それは故郷の地にもより深く大きく根を張って育ちつつあります。

青空を翔る朱鷺とそれを慈しむ佐渡の自然のように。
 

2010年1月 5日

佐藤秋夫さん (1/5)

佐藤秋夫さん (新潟市・おもちゃ病院にいがた会長)
    
新潟市西区・・・
子どもたちのための「おもちゃ病院」が定期的に開院(開催)されています。

その会長が佐藤秋夫さん。100105_1.jpg
おもちゃの修理に情熱を注ぐ
ボランティアグループの取りまとめ役です。

「実は、最初、孫からせがまれましてね(微笑)。おもちゃの修理をはじめてみたんですがやはり一人ではなかなか判らぬことばかりで。
その時ボランティアセンターでおもちゃドクターの養成講座のですね、ええ、募集を見て、これだと思って応募しまして。」

おもちゃドクター講座に応募、
無事卒業した佐藤さんは
お住まいがボランティアセンターの近所だったこともあり
何時の間にか卒業した玩具ドクターの皆さんのまとめ役のような立場になり
同期の受講生で此のおもちゃ病院活動を発足させることになりました。
 
現在在籍するメンバーは佐藤さんの同期生12名を含め35人ほど。    
電気、通信、建築など様々な分野からその道のプロフェッショナルが集まっています。 
   
100105_2.jpg「私どもの世代は=ものづくり=世代でしたから。
同期も含め皆さん仕事の現場で=ものづくり=で
色々なご苦労をされてる方が殆どなんですよ。
ですから、=直す=ことの大切さが良くわかる。
何でも大概のものは直せるんですね・・

そして、その、直そうと思うところから、何と言うのか・・
=創造性=や=科学するこころ=が生まれる。
そういう=こころ=を子どもたちに持ってほしいなあ、と。」

現在新潟市の2ヶ所で解説されているこのおもちゃ病院。
開催のたびに沢山の親子が遠距離からも集まってきてくれる。
これからはもっと色々な場所でも開設していきたいですね・・と佐藤さん。

私たちがこのおもちゃ病院を続けることで
お母さんたちが苦労して買ってあげたおもちゃを
無料で修理するという活動を続けることで
子育ての支援になってくれれば一番ですね、とも。
 100105_3.jpg
「おもちゃはちいさいけれど日本の生んだあらゆる技術の・・
ノウハウの塊(かたまり)みたいなものなんです。
分解し組み立てて直すことは、そのノウハウを学ぶことでもある。
今の子どもたちにもその面白さをね、知って欲しいですねえ。

あと、私たち自身60過ぎてこれからの人生の、なんというか
生きがいのようなものを求められる場所でもありますから、この活動は。
世代を越えたコミュニケーションがとれる貴重な場所でもありますから。
私たちおもちゃドクターも色々学ぶことは多いと思いますよ。」

・・・持ってきた動かなかったおもちゃが再び動き出した瞬間
瞳を輝かせて喜ぶ子どもたちを見ているのが一番の喜びですね・・
最後に佐藤さんは子どもたちの笑い声の中、穏やかに微笑みました。

日本の生長を担ってきた=ものづくり=のプロたちの手で
再び元気になったおもちゃ・・・きっと子どもたちのなかに
=物を大切にする心=と=想像力=を育んでいく事でしょう。

 

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