2010年8月30日

仁木輝雄さん(8/30)

仁木輝雄さん (新発田市・種権種苗店・パワーリーフ栽培)

今、健康野菜として
密かに注目を集めているパワーリーフ。100830_1.jpg

南米原産のツルムラサキ科の植物で
カルシュウム、亜鉛などが豊富に含まれ、大正時代に漢方薬として渡来した多年草です。
  
その発祥は、
県北の城下町新発田市。     
江戸時代創業の地元種苗店(しゅびょうてん)の店主、     
仁木輝雄さんが生みの親です。     
      
「基本的に私どもは種苗店ですから
 新しい野菜、植物作りは使命と思っております。
 常に新しいものを模索しておりまして・・
 
 今の時代、安心安全な野菜が実はありそうで少ない
 そんな中、かつて漢方薬だった、このパワーリーフ。
 食べたら美味しく、虫もつかず病気にもなりにくい
 今の時代にマッチしているんではないか?と思いまして。」

100830_2.jpg農家が米に変わる収入源を模索している今
消費者にも生産者にも喜ばれる作物を改良、提案することは
私の家業の使命のようなものですから・・・と、
日焼けした慈顔に笑みを湛えて
仁木さんは言います。
 
このパワーリーフをまず地元から消費して食べて、
そしてこれを原料とした産物を地元企業で開発し、
新発田があらゆる意味でパワーリーフの発信地になること・・

各種イベントでの試食会、小学校給食での採用など、     
最近では市や町が一体となって     
パワーリーフの特産品化への取り組みを行なっています。     

「日本の食文化は今西洋化しておりますね。

 昔はマグネシウムやカルシウムなどの微量元素を
 それこそ自然の野菜から摂取していたわけですが
 今はその野菜そのものの摂取量が少ない。
 
 このパワーリーフは100グラムあたりの微量元素の量が
 他の野菜に較べてもかなり豊富です。
 健康づくり、とくに子どもたちの健康には大事な微量元素。
 これを摂ることが出来ると自負しておりますよ。」

「食育を兼ねた市民の、子どもたちの健康づくり
 これを展開した安全な=食作り=ですか・・
 市も商工会も今新発田全部でこの取り組みが進んでおります。

 パワーリーフが新発田の力からひいては新潟の力
 最後には日本全国に健康の力になって広まっていけば嬉しい。

 そのためにはまだまだ品種改良も続けねばと思っておりますし
 寒さに強くとか、家庭菜園でも出来る簡便さですとかね。」

現在、パワーリーフに継ぐ=ワインリーフ=という新野菜や
珍しい牛蒡、茄子などの品種も改良、生産中ですから
これで新発田の農業を活性化させていければ・・・
 
仁木さんの夢はまだまだ大きく広がって行きます。
 100830_3.jpg
「パワーリーフを食べて、
 まず=健康=に。
 そしてこのパワーリーフから
 新しい発想を、ね
 地元の産業が
 生み出していくようになる。
 
 新発田のメイン野菜として
 全国に展開が、
 正直、今の夢ですね、
 大きい話ですが(笑)」
 
新発田の新しい特産品を自らの手で。
温故知新の新野菜パワーリーフの魅力が
この地から全国に発信されて行きます。     
      

2010年8月23日

佐竹 望さん(8/23)

佐竹望さん (長岡市・カヌー指導者)

長岡市寺泊・・波の穏やかな海岸で
カヌーの体験教室が行なわれています。    

指導にあたっているのは佐竹望さん。    
世界選手権出場の経験を持つ元国体選手です。    

 「今までは・・大学でやって、100823_1.jpg
 社会人選手権も出て
 国体の強化選手で
 ここ(寺泊)に来て。
 ただ、ずっと、速くなるために
 努力してました。
 でも、去年の国体を最後に
 競技は引退したんです。

 で、三年間お世話になった
 ここ寺泊に何か私のできることで
 恩返しは出来ないかな・・
 そんな風に思って
 指導する側に回りました(笑)。」   

にいがた国体の競技者として寺泊にやってきた佐竹さん。    
三年間の練習期間に地域の人たちの温もりに触れ
改めてこの地での活動を決意しました。    

 「本当に皆さん、親切にって言うか・・
 ず~っと良くしてもらっちゃって(笑)
 私、料理とか凄く得意じゃなくて・・なんで
 今日はハンバーグだから夕ご飯おいで~・・とか(笑)
 帰りにはとれたての野菜いっぱい貰ったりして

 此処は、ほんとに暖かいひとたちばっかり。」    

100823_2.jpg快活そうに笑う佐竹さんの日焼けした肌。

小学校から高校生までの
カヌーの教え子に
寺泊の海や信濃川の緩やかな流れの中で楽しむカヌーからスプリント競技のカヌーまで楽しみながら、また、速さを競いながらの指導を続けています。

「速くなるための練習も
 面白いですけど
 自然の中で風になったような感じで
 水の上をす~っと行ける・・
 その気持ちよさが何よりも好きなんです、私。

 だから、まずそれを知ってもらえればと思いますね・・
 そして、ここで、海も川も綺麗な寺泊で・・
 カヌーの楽しいって処を体験して欲しいんです。」

満面の笑みで佐竹さんは私たち番組スタッフにも
今、カヌーに乗ってみませんか?と勧めてくれました。

幾つからでも、子どもでもおじいちゃんでも・・
カヌーで水面を行くって楽しいんですよ・・と。

「夢は・・カヌーって100823_3.jpg
 どんなもの?って言うのを
 もっと多くのひとに知ってもらって
 好きなときやお休みの日は
 皆でカヌーにのって
 色々な場所で楽しむ・・

 そんな日本になってくれないかな・・
 なんて(笑)」
 
「カヌーの楽しさを
 寺泊から発信したい・・・
 其れがこれからの私の役目です。」

生徒たちに囲まれて快活に笑った
佐竹さんの第二のふるさと寺泊での活動はこれからも続きます。

2010年8月16日

本間錦一さん(8/16)

本間錦一さん (村上市瀬波海岸・ライフセーバー)

30年以上も人身事故ゼロを続けている   
県北、村上市の瀬波海岸。   

この海水浴場を守り続けてきた本間錦一さんは、   
83歳の現役ライフセーバーです。   
その風貌、風格はまさに古武士。100816_1.jpg

「最初ですな、
  此の海岸に来て思いましたのは・・
 其れまでの3年間一度も
  無事故の年がない。
 これはいかん、これではな・・と。

 ならば、日本一安全な海岸に、
  瀬波海岸にしてやろうと。
 そう思いまして、
  その気持ちだけは誰にも負けずに
 ここまでやって来た、
  ということですな。」   

潜水30メートル、自転車5キロ15分。   
自らにノルマを課せ体力維持に努める本間さん。   
100人以上の後輩を育てた今も現役にこだわります。   

100816_2.jpgそんな海の安全の守り手が語る
海水浴の際の注意点・・
それは驚くほど基本的なことでした。

 「やはり、海と言うのは
  危険と隣り合わせなのです。
 注意事項を徹底的に守ってもらうと
   いうこと。

 準備運動をし、体をきちんと
  水に濡らしてからゆっくり入る
 団体の場合、海に入る前と後、
  人数確認を怠らない。
 当たり前の事ですが、
  これを一番皆さんは言っています。
 口を酸っぱくするほど、毎日ですか(笑)」

何よりも危険な海だから、楽しんでもらうためには
朝から晩まで我々も眼を光らせていなければならない・・
淡々と語る本間さんの表情に刻まれた決意。

 「人命は地球より重い・・福田武雄総理の言葉でしたかな
  これが常に私の頭から離れんのです・・」 

体力の続く限りライフセーバーを続ける、と本間さんは言います・・
20年間体重はまったく変わらぬよう訓練を続け節制を怠らぬとも。
 100816_3.jpg
そうして続けてきた
ライフセーバーの活動のなかで
育て上げてきた100人以上の
後輩たちライフセーバーが
今、千葉や埼玉から毎年夏、
此の海岸を守るのを手伝ってくれることが素晴らしい、と、眼を細めて語ります。

「此の仕事は7~8月の
  37日間だけですからな。
 民間ではなかなか成り手が
  少ないのです。
 だからこそ、そういう心がけが嬉しい在り難い。
 毎年毎年、そう思っておりますよ・・。」

瀬波はこれだけ安全で、また綺麗な海岸なのだと
30年守ってきて自信を持って言える。
だから、地元だけでなく日本中から瀬波に来て
海を楽しんでほしいです・・と、日焼けした顔に笑顔の本間さん。

100816_4.jpg「毎年毎年振りだしに戻って頑張って
 30年無事故で
  ここまで来れましたな。
 これからも30年、
 此の海岸は無事故で、と(笑)

 ただ、そうなると私は118歳に
  なりますからな・・
 其の時は三途の川の監視員・・でも
  やっておりますかな」

最後、そう言って此の古武士のようなライフセーバーは
莞爾として微笑んで海岸監視へと戻って行きました。

瀬波海岸の安全はこれからも守り続けらていきます・・
本間さんとその志(こころざし)を継ぐものの手によって。   


 

2010年8月 9日

池田 治さん(8/9)

池田 治さん(長岡市 農業・ながおか百笑会・アイス制作販売) 
 
ウコンやアスパラガスなど    
長岡の地場産野菜で作られた「ながおかアイス」。    
地元農家の有志達が企画しました。     
  100809_1.jpg
そのリーダーが池田治さん。    
自ら積極的にPR活動も行なってきました。    

「一つは、
 ここ長岡の野菜のPRのために・・
 もうひとつは自分たちの
 活動認知ですね。

 会は百笑会(ひゃくしょうかい)って
 言うんですが。

 作る農家は野菜も果物も
 一生懸命なんですよね
 楽しく笑いながら造りたいし買う皆さんにも知って欲しい、と。
 で、企画したのが地元野菜のアイスでしたから、」

100809_2.jpg地元で販売していても長岡にどんな野菜があるのか知らずに
また、地元で作られる野菜の味を知らずに買ってる場合が多い
だから、興味を持って選ばれる野菜を作りたい・・

「それがいちばんの目標であり夢ですね。」

新しい商品開発にも力を注ぐ
池田さん。    
枝豆やスイカのアイスクリームなど    
季節限定商品の登場も予定しています。    

「実際食べていただくと、ウコンやアスパラガスは
 皆さん、最初、不思議そうに召し上がるんですが(笑)
 単に珍しいだけでなく、しっかり=美味しい=
 で、ちゃんと其の=野菜の味=がする・・と、言って
 喜んで戴いて・・ええ、もう三年になりますね。」

「一応地域活性という目的ですから地元中心で・・
 今は道の駅などにも置かせていただいてますから。
 訪れる方にもぜひ味わっていただいて・・
 それも、長岡の野菜をPRしていく要素になれば・・と。」   

長岡の野菜にはここだけにしかない種類品種もあり
独特の旨さがあるんです、と、池田さん。100809_3.jpg

産地としてはまだまだ小さな規模ですが、いつかは野菜の大産地といわれるようになるのが目標です、と

地域に掛ける熱い思いを語った若き農業の担い手・・

池田さんの地域への思いが、    
そのまま、ながおかアイスに込められています。    
     

2010年8月 2日

大嶋美樹子さん(8/2)

大嶋美樹子さん (新潟市 風呂敷専門店おおしまや) 
  
新潟市中央区にある
風呂敷専門店「おおしまや」。

この店の店長が大嶋美樹子さん。
若い世代ならではの感性で風呂敷の新しい使い方を提案しています。
    
「私自身、実家が呉服屋だったんです。
  で、元々インターネットで唐草模様の100802_1.jpg
  風呂敷を販売していたんですけど・・・

  唐草模様って途切れてないでしょ、
  図案がつる草で
 で、延命とか長寿とか子孫繁栄の
 意味があって・・
 最初、其れに感動して
  意味を解説しながら
 ネットで売り始めたんです。」

その後、販売実績が増え、現在の店舗を新潟駅南に・・
現在は若い人にも人気のショップになっています。

「昔からの伝統の風呂敷の柄って、
 ひとつも縁起の悪いものは無いんです。
 で、それぞれの柄、模様に
 色々な祝い事に合わせた意味もあって・・
 その時々にあわせた風呂敷を祝い事に贈るという
 日本古来の風習が元々あったんです。」

新潟は結婚式の=松の葉(軽いお返しの品)=に
風呂敷を贈るという風習が昔からあったので
若い方にも案外、風呂敷は馴染もあったんですよ、と、大嶋さん。

100802_2.jpg「昨今のエコブームもあって、
 今、風呂敷は若い人に
  見直されてるかも(笑)
 風呂敷でエコバッグ作ったりも
  出来ますし結び方を覚えると
  其れこそ色々な使い方が
 いろんな場所で出来るんで
  楽しいんですよ。」

風呂敷の使い方講習会も
定期的に行なっている大嶋さん。   
風呂敷が持つ魅力を多方面から
若い人中心に発信し続けています。

「買物紙袋が使われるようになってから
  風呂敷は脇役になっちゃったのかも知れませんけど
 一度使ったら使えなくなる紙の袋と
 繰り返し使える風呂敷だったら・・
 やっぱり風呂敷が素敵かな(笑)。

 普段小さく畳んでおいて、必要に応じて
  包むものの形に応じて自分の思う形に出来る・・
 そんな自由さもいいなあ、と思うんです。」

「新潟には亀田縞や小千谷縮など100802_3.jpg
 新潟特有の織物、
 生地がありますよね。
 そういう生地のよさを生かした
 風呂敷とその使い方や
 文化みたいなものを
 これからの子どもたちにも
 知って欲しいな、と
 今は思いながら色々頑張って
 みようと(笑)。」   

ただ売るだけでなく
風呂敷を広める活動
その中から生まれてきた
人間関係みたいなもの
そういうのが今一番の宝かも知れません・・・

最後、インタビューにそう答えて
大嶋さんは柔らかく笑いました。
    
先人の知恵が詰まった新潟の風呂敷文化は
それを心から愛するひとたちの手によって
にいがたの地で新しい世代へと伝えられています。 


※松の葉・・・ 北信越独特の風習・結婚式の軽い引き出物
         本来は縁談の際、使者によって先方より届けられた「風呂敷」を、
         承諾する場合は受け取り、断る場合は返すといった具合に、
         両家が穏やかに意思を確認できる方法だったという。

ふろしき・おおしまやHP
http://www.geocities.jp/niigataoshimaya/
 
 

 

2010年7月26日

伊井浩太さん(7/26)

伊井浩太さん(糸魚川市・越後糸魚川南蛮1エビプロジェクト)
 100726_1.jpg
糸魚川市の特産「南蛮エビ」をブランド化し地元に観光客を誘致したい...と
地元青年会議所が立ち上がりました。

このプロジェクトの若きリーダーが伊井浩太さんです。

 「何よりも糸魚川を知って欲しいんです。」

お父さんとお兄さんが現役漁師
自身も漁の水揚げの手伝いをしながら
一家で経営の居酒屋で働く井伊さん。

地元糸魚川は旨いものが沢山在る街だけど
まず、何かひとつ輝くものをつくりたい、と
選んだのが日ごろから手にしている南蛮エビ・・

「実際、今年の3月に地元の行政や商工会、企業の方に
 糸魚川産の南蛮エビと他の輸入ものや他産地物を
 較べて試食してもらったりしたのが最初、だったかな?」

其の時食べ較べた全員が糸魚川の南蛮エビの旨さ、
食品としてのポテンシャルの高さに唸ったそうです・・

100726_2.jpg「普段地元で食べているものが
  どんなに旨いか。
 あらためて認識して
  ほしいんですね、 まず、地元に。
  食の魅力というのは
  一番観光にも繋がると思うんです。

 糸魚川に来てもらえば
  色々な美味が満載で
 春夏秋冬通じて美味しいものが
  あるってことが判る。
 仕事柄、県外のお客さんに
  刺身とか出すと
 =頭つきのエビなんて凄い=とか普通に言われるんです。

 ぼくらが普段見慣れているようなものですけど
 此れって凄く勿体無いというか、外に自慢してもいいなあ、と。」

こうして始まった南蛮1(ワン)エビプロジェクト。     
地元スーパーや県外イベント会場でのPR活動、    
料理レシピ募集のイベントなどの活動が幅広く行なわれ
県内外でのプロジェクト認知を目指して日々邁進中。    

 「言っちゃえば、地元が何かに自信をもって
 ふるさとへの愛着を持って何かすることで
 益々元気な街になっていけばいい、と思うんですね・・

 そうすれば南蛮エビ以外の食材だって100726_3.jpg
 自然や景観だって、きっと同じように
 ふるさとを自慢に思う
  こういう活動の中で、
  必ず、頑張っただけ=光り輝いて=
  くれる・・  今、本当に
  そう実感できています。」    

まずは、ふるさと糸魚川を
南蛮エビの町に
伊井さん達の活動はこれからも続きます・・・   

「ぜひ、おまんちゃ(お前さんたち)、来てみなや。」

糸魚川を訪れるひとたちへ
最高の味と笑顔を、の、心意気と共に。    

越後糸魚川南蛮エビ1(ワン)プロジェクトHP
http://namban1ebi.itoigawa-jc.com/index.html

 

2010年7月19日

橋本嘉人さん(7/19)

橋本嘉人さん (新潟市~旧豊栄~・トマト栽培農家)
    
新潟市北区。    
100719_1.jpgトマトの収穫が行なわれています。
     
橋本嘉人(よしひと)さん。    
この地ならではの自然環境を生かし、    
農薬や化学肥料をおさえた
「豊栄トマト」を生産しています。    
     
「親爺が昭和50年くらいから
  ハウストマト作ってまして・・
 それがとても旨かったんです、
  で、親爺の技術は素晴らしいな、と。
 誰か継がなきゃ勿体無い、
 と思いまして。」
     
 甘味と酸味のバランスが絶妙と言われる橋本さんのトマト。    
 県の品評会で最高賞を受賞するなどそのこだわりが評価されています。    

「このトマトは農協で栽培の為の基準が在る程度決められていて
 肥料とか水のやり方、管理方法とか、一応それに準じてるんです。
 それで初めて=豊栄トマト=と言えるトマトに成るんで。」

100719_2.jpg豊栄トマトの特徴は桃太郎系の水分の多いジューシーさ
でも水っぽくなく甘さもあり酸味とのバランスが取れている・・
とても濃い味の美味しいトマトなんです・・と、橋本さん。

何よりお客さんに喜んでもらえるトマト作りが大事だから、と、
トマト作りの気構えをさらりと述べてくれました。

「家にまで買いに来てくれるお客さんにね、
 毎年喜んで、=今年も美味しい=って言ってもらえる
 そんなお客の顔が今年もこれからも見たいからね。
 そのために作るのが=僕のトマト=かも知れないなあ(笑)」

「まず、地元に知ってもらいたいって願ってます。

 産地が豊栄のトマトは旨いって事を
 意外に判らずに食べてる方も多いと思うんですよ。

 そうすれば今後、後継者もね増えてくれるかも知れないし・・
 高齢化は進んでますからね、だから、もっとトマト作りも
 今以上に魅力的になって行かないと。」     

豊栄トマトを食べてくれる方に感じてほしい事は?という問いに
 
一言、=愛情ですかね(笑)= と、100719_3.jpg
言い切った橋本さん。

 「愛情かけて、手間かけて、
 作るんですよ毎日。
 だから、そこを感じてもらえれば
  一番嬉しいですねえ。
 天候に左右されたり、
   毎日気の抜けない作物なんで
 美味しくて=美しい=
  トマトを作るのに日々精進です。

 町村合併で豊栄市の名前は
  消えてしまったけど
 その名がトマトに残ってくれて
  とても嬉しいんです。
  だからこそ、その名前に恥じないよういいトマト作らなきゃね・・ 」

そう言って笑う橋本さんの愛情が込められた豊栄トマトは
今日もにいがたの食卓に笑顔を育んでいます。    


 

2010年7月12日

近藤洋平さん(7/12)

近藤洋平さん (新潟市・旧新津市・和菓子職人)     

「この団子は・・私が和菓子始めたときにはもうありましたからね。
 母親が買ってきてくれたのを食べた記憶もありますよ。」

昭和30年代、100712_1.jpg
新津駅の盛況とともに人気を博した
新津名物の「三色だんご」。    

駅前にある老舗菓子店=羽入=の
工場長近藤洋平さんは、
半世紀に渡りその味を守り続けてきました。     
     
「昭和30年代ですか、私が始めた
  ころが一番作ってましたでしょうか。
 朝は毎日4時から仕込みで土・日は
  5~600個は作りましたかねえ。
 
 新津の街も鉄道の方で賑やかでね・・街の三分の二は鉄道の関係で・・
 それからずっと今まで、味を変えずに毎日作っております。」   

100712_2.jpg最盛期は市内の3つの店舗で製造していた三色だんごも、    
今ではここ、羽生菓子店で作られるのみになってしまいましたが
それでも平日150箱が完売する人気を誇っています。   

 「難しいって思うことも
 今は・・無いですが(笑)
 だんごの硬さはその日の気温とか
 天気で変わりますから
 硬さとか水気とか、調節するのが
 勘所のような。

 もう淡々とね、長年のあれで、いつもどおり作るだけですが
 ただ、毎日、作るものを美味しく、とね。
 作ってる人間なら誰でも思うこと・・ですが(笑)
 まあ、そうやって、忙しいことが楽しいですねえ・・職人ですし。」

趣味なんか休みのときに映画見るくらいのものですから・・
そう言ってふと笑う近藤さんの年季の入った表情。   
 
「形が変わっていて箱入りですからねえ。
 珍しさもあって人気も出たんだと思いますが
 正直味は抜群だと思っていますよ、特に胡麻とか・・
 やっぱりお客から旨いと言われるのが一番・・ですから。」

一緒に働く若いひとには是非この味を継いでほしいし
お客の来る限り三色だんごは新津の味で在ってほしい。
そして、昔のように鉄道の街として新津が賑やかになってくれれば・・・

それも一番の願いですかねえ、と、近藤さん。

「時代が時代で100712_3.jpg
 ものはいっぱい溢れてますから
 昔みたいな珍しさは少ないだろうとは
 思うんですがね。
 それでも、続く限りは作り続けて
 行こうと・・。
 美味しいと言ってくださる方が
 あるうちは。
 淡々と、今までどおりに、
 ですね(微笑)。」
 
かつて鉄道のまちと呼ばれた新津・・
駅のホームで飛ぶように売れた名物三色だんご。
 
その味は、時は流れ街が変わって行っても    
これからも多くの人に愛され続ける事でしょう。
 
味と伝統を守るひとの手がこのふるさとにある限り。    

 

2010年7月 5日

迫一成さん(7/5)

 迫一成さん (新潟市・Tシャツショップ経営者) 
 
「僕、最初は、よりなーれという
 にいがたTMOのショップから始めたんです。
 (西堀ローサに)個人ショップ出したんですが
 そのとき上古町に作業場を置きまして・・・」
 
新潟市の上古町通りで     100705_1.jpg
オリジナルTシャツショップを営む
迫一成(さこかずなり)さん。    
 
歴史ある商店街
上古町(かみふるまち)を元気な街に...    
そんな思いを胸に、
若者ならではの視点で
様々な活動を行なっています。    
 
「ここはお年寄りと若い人が
 混在してるでしょ。
 その=混じる=感じが
 何より魅力ですよね。」
   
100705_2.jpg今、迫さんは上古町商店街の理事でもあります。
ホームページの立ち上げから    
マップの制作までその活動は様々。    
幾つかのイベントも積極的に企画しています。
 
「夏の灯篭とか、本町商店街と
  一緒になってやってみたり
 門前市や去年は巻の鯛車飾る
  イベントもやりましたね。

 理由は・・・ここは、とても良いところで大好きな街ですから
 たくさんの人に上古町を訪れてほしいから・・
 あえて=街の活性化!=なんて強く意識はしないんですけど(微笑)」

そんな迫さんたちの活動に触発されてか、
最近では上古町に新しいショップも増え始めてきました。    

「実際、僕の店以外に、=いい店=がいっぱいあるんですよ。
 古くからの店も新しいショップも・・来た人にはそこを見て欲しい。
 そういう自信があるからここに店を出してるんですから(笑)」

上古町に出て6年近く・・色々な事を企画するたびに
=変化=が感じられる街なんですよ・・と、迫(さこ)さん。

初めて尋ねてくれたお客に=がんばってるね=と言われる・・
そんな機会が着実に増えているのを感じる・・とも。

「やっぱり、この街の魅力って言ったら100705_3.jpg
 お洒落でのんびりしてて個性的で・・
 他に無いものがすごく
  =素直(すなお)=にある・・のかな。
 言葉にはしづらいけど、
  混ざった魅力?」

「来た人が楽しんで
  リピーターになってくれて
 来たことの無かった人も噂を聞いて
  目指してきてくれる街。
 自分も含めて、
  ここにいる店の人たちが、
  古い店も新しい店も・・
 =いいところでしょう?上古町=と
  胸はって言える・・そういう街になってくれれば嬉しいですね、本当に。」

今もとても楽しく、幸せに仕事が出来てますから
この気持ちをずっと持ち続けて行きたいと思うんです・・と迫さん。

「そのためには、日々、チャレンジが必要ですよね(笑)。」

新しい力と古くからの歴史が仲良く混在する街。
色々な意味で=新潟らしさ=が色濃く残る上古町。
 
迫さんはじめ、この街に生きる人の思いを乗せて    
上古町の魅力が、今、多くの人に発信されています。    

   

2010年6月28日

猪俣ひとみさん(6/28)

猪俣ひとみさん (新潟市・バレーボール選手、演歌歌手、お笑い芸人)

新潟市、バレーボールの練習に励む100628_1.jpg
長身の女性・・・猪俣ひとみさん。

現在、演歌歌手、お笑い芸人という
二つの別の顔を持つ異色のバレーボール選手です。
今回のにいがた国体にも県選抜代表として出場、その持ち味を遺憾なく発揮して活躍しました。

「最初は銀行のクラブチームで、
 全国制覇狙ってました(笑)
 ただ、そのチームが
 無くなっちゃったんですよね。
 で、次の目標って考えた時に、
 どうせなら大きく・・と。
 歌うのが大好きでもあったんで、じゃあ紅白狙おうかと(笑)」

100628_2.jpgそう言って快活に笑う猪俣さん・・
国体終了後の現在は、歌手活動が中心の日々。

今回の新潟国体では地元クラブチームに所属し県代表の中心選手として活躍を見せた猪俣さん。   
全ての分野で常に全力投球を心掛けるのが信条です。   

「バレーも歌もお笑いも、恰好つけずにがむしゃらに頑張ること。
 わたしの場合それがすべてと言うか共通項なんですよね。
 恥をかいても恰好悪くても気にしないで一生懸命・・
 その姿を見て、=あ、元気出た=って思ってもらえると一番嬉しい。」

だから、体力の続く限りバレーボールも現役で、
歌うこともお笑いも全て・・全力投球一生懸命に。

「・・・自分でも欲張りだと思いますけどね(笑)・・・
 だから、トータルで懸命に頑張る姿も見てほしいし
 ひとりでも多くの人に顔と名前覚えてもらって・・
 新潟に居ながら全国放送のテレビに出られるくらいの
 そう言うの、今、一番の夢かな・・。」100628_3.jpg

新潟が好きだから地元での活動に思い入れは大きいし
今の持ち歌も長岡の事を歌った歌なんです。
だから、全国に新潟をアピールするためにも、まず、頑張らなきゃ・・
笑顔で語る猪俣さんの頑張りはまだまだ続きそうです。

「周りを元気にするって、それ以上に
 自分が元気でないと駄目ですもん。
 明るく、楽しく、元気よく・・で、
 行きたいな、と。」

あらゆる意味で、ふるさと新潟を元気にしたい。   
猪俣さんの活動はこれからも続きます。

「いつも、胸はって=新潟人=だって言いたいですから(笑)。」

提供

アーカイブ



番組テーマソング



NTTドコモ限定
番組テーマソング
カナデフウビ「明日には」
メニュー→メニューリスト→TV/ラジオ/雑誌→①TV→▼地方局ほか→□関東甲信越→新潟放送→ワンダフル新潟人!


Copyright© Broadcasting System of Niigata Inc.
BSN新潟放送TOP
Copyright(C)since1998,Broadcasting System of Niigata Inc. All rights reserved.
==BSNTOPへ==