飯塚昇さん(3/5)
飯塚昇さん(燕市・キセル職人)
「欲しい人が居てくれるから作ってるんだね(笑)
欲しいと言う人に分けてあげられるのが嬉しい。
まあ、単純なことなんですがね。」
江戸時代から200年以上も続く
燕市の伝統産業、キセルづくり。
その技を現在に受け継ぐ
たった一人の職人が
飯塚昇(いいづかのぼる)さんです。
「ひとつの道具なんですよ、元々
今は趣味的に眺めたりされる方も
多いんですが。
細工まじまじと眺めて楽しまれたりね・・・
だからますます手抜きなんか出来ないねえ。(笑)」
一徹そうな風貌に時折笑みを浮かべる飯塚さん。
「キセルや矢立は燕の産業の大本だとも思うんだね。
それに、まあ、手で作るもんだから・・
心がこもってるもんだと自分では思うし
そういう気持ち感じて大事に使って戴ければ
まだまだ頑張れるような気がしますよ。(笑)」
伝統にのっとった手作りの味わいが滲み出るキセル。
今やその芸術性が高く評価される中、飯塚さんは
全国各地の伝統工芸品展への出品も積極的に行うなど、
キセル文化を後世に残す活動も行なっています。
「昔の名人上手の作ったモノの
真似事をしてるようなもんです。
ただ、出来れば一本でも多く、
一日でも長く作っていたいねえ。
刻み煙草ももう一種類しか出回らなくなって、煙草吸うのも
肩身が狭いような世の中だから、先のことは判りませんが。(笑)」
「いつまでも、その、愛用してくださる方が居るうちは・・
身体が動くうちは、好きなことをして好きなものを作ってますから
喜んで造り続けて行きますよ・・まあ、今は跡継ぎは居りませんが
若いのがひとり居るんで、此れが覚えてくれればとも思いますし
まだまだ頑張らないとねえ、後期高齢者になっちゃったけど(笑)
ただ、何時まで経っても100点満点の奴は・・なかなか出来ないねえ(笑)。」
キセルは江戸から400年の文化であり嗜好品であり民芸品でもあり・・
だから、日本の文化として燕の工芸品の文化として守っていくのが使命。
口には出さずとも飯塚さんの強い眼差しはそう語っているように思えました。
燕の伝統工芸は今も絶やされることなく全国へ発信されています。
一徹で自然体な職人、飯塚さんの熟練の手によって。


綿100%の、農耕着であった亀田縞。

毎日が勉強なんですけど、お客さんが優しいし













すべて職人の手仕事で作り出される=木箱=










