2010年2月 5日

上山裕二さん(2/5)

上山裕二さん(新発田市・新発田中央高校教諭)。     

新発田中央高校吹奏楽部
100205_1.jpg実は、毎年12月にチャリティ演奏会を開催しています。
普通の高校のブラスバンド部であれば
定期演奏会という名前になるところですが、新発田中央高校はあえてチャリティ演奏会に拘(こだわ)っています。

この吹奏学部の顧問が上山裕二(かみやまゆうじ)さん。
実は、このブラスバンドの発足のきっかけにそのこだわりのわけが・・・

「・・、まあ、お恥ずかしいことですが、
このバンドの発足当初学校がかなり=荒れて=いたんです。

そこでまず一生懸命何かに打ち込む姿勢を育てよう・・と。
それには、少しでも社会の役に立つことができないか・・と。

最初は決して演奏も上手くなどは無かったんですけどね。
たとえ、雪の降る路上の演奏でもいいから音楽会をやって募金を募ろう・・と
そんな思いから始まったというコンサートなものですから。」

このチャリティーコンサートの継続は人間形成でもあり
単なる高校生として以上に社会の約に立てるかもしれない・・
その思いを基軸に、新発田中央高校のブラスバンドは
音楽を通じチームワークを磨き人間性を育てることが第一。

100205_2.jpg「演奏の上手いのはまあ、理想なんですけれどね(微笑)
それよりも何よりも人間性を高めることが目標なんです。
少なくともこのバンド活動の大元は。」

地域のイベントでの演奏会、地元でのパレード演奏。
そして、29年間行なわれ続けてきたチャリティ演奏会。    
その社会への貢献度が評価され、去年の11月日本フィランソロピー協会からの表彰を受けました。    

「なぜチャリティー演奏会の名前ににこだわり続けるかと言われると・・
まあ、演奏会の入場料から募金活動をずっと続けていることもありますが
生徒の、あと自分自身の=心構え=みたいなもののイメージでもあって・・

自分たちのやりたい演奏をやる、ということだけではなく
お客さんに喜んでもらえる演奏、ですね、それがまず大事だと。
あと、今の若者の=一生懸命さ=を伝えるという事。
土・日も休み無く練習を続けて己の思いを伝えるということ。
で、それを頑張るこの生徒たちの=姿勢=でしょうか・・・

演奏の上手い下手もともかく、それが=一番伝えたいこと=なんですよ。」

ブラスバンドは沢山の異なる楽器のパートが
それぞれの個性を主張しながら一緒に演奏することで音楽という結果を作っていく・・一人じゃ出来ない。100205_3.jpg
これは=人間ひとりで生きてるんじゃない=、と同じこと。

そしてそこから出来上がったもの(演奏)がまったく見ず知らずの人たちのこころを喜ばせてくれたりする
自分たちがそれが出来る、という楽しさ。

生徒たちのこころの音楽をより多くの人たちに。

「生徒のそういう社会の中での頑張り・・
それを知ることを私自身はこれからも手助けできれば良いですね。
できる限りこのブラスバンドの顧問でいたい、と思っています。
聴いてくれる人がどう感じてくれるかを常に考えた演奏が出来るように。

なによりも生徒たちが音楽を通じてしっかりと成長できるように。」

新発田市民の心に届けられた音楽は
生徒達の心も育んでいます。

 

2010年1月29日

工藤賢也さん(1/29)

工藤賢也さん (佐渡市・尾畑酒造杜氏)
    
佐渡市、尾畑酒造(おばたしゅぞう)。    
日本酒の仕込みが行なわれています。     
      100129_1.jpg
この酒蔵の杜氏が工藤賢也さん。    
今では珍しくなった蔵人泊り込みによる早朝仕込みをここまで実践してきました。

 「他の蔵の事は良くは知りませんが・・・
うちでは今も昔も同じ、あたりまえに仕込みます。
ええ、泊り込みで、自分がここに来た時もそうでしたから。」

夜の仕事、麹造りは今ではタイマーによる機械監視も出来ると言います。
ですが、やはり自分の目で確かめてやらないと、という拘(こだわ)り。
それが自分の、また、この酒蔵のやり方、と微笑する工藤さん。

100129_2.jpg「酒は、一番気候風土と切り離せない代物ですしね。
その土地の色も匂いも出てしまうから・・・。」

寡黙な杜氏の柔和な眼差しの中に潜む作り手の意地。

全国新酒鑑評会では新潟県最多の6年連続で金賞を受賞。
手づくりにこだわった酒造りは多くの人から高い評価を受けています。

 「方針として賞を獲ることに拘(こだわ)ってはいません。
できることを積み重ねた結果としてそこに賞があるというのが理想。
そんな気持ちでやっています、これも先輩から伝えられたとおりに(微笑)。」

「酒は、食品の中で一番添加物とか香料とか・・入れられないんです。
だからこそ昔ながらの造りや味が残っている部分も多いと思いますから・・・
だからこそ佐渡で作れば=佐渡の酒=になるんですよね。
それをね、判って飲んでいただけると面白いんじゃないかなあ。
この酒を飲むとこの景色や風土が浮かんでくれれば。」

お客さんに喜んでもらえる酒造り、ニーズに合わせ甘口から辛口まで。
自分ひとりよがりにならぬように造ることを一番に。

「あとは、まあ、正直、値段と味のバランス・・ですか(微笑)」

100129_3.jpgそう言って寡黙な杜氏は優しげに微笑みました。

「酒は、=水=と=米=なしでは出来ない代物なんです。
最近、何処でも水が汚れて、そして米だって汚れてくるかも知れない。
その=水=と=米=を守る、ふるさとの風土を大切にしたいですね。
体力続く限りはこの仕事を続けて行きたいと思ってますから・・・
酒造りはやって楽しく充実感のある仕事・・・ですから(微笑)。」
 
佐渡の自然と工藤さんの情熱は
今も確かに新潟の銘酒を育んでいます。

 

 

2010年1月22日

A&K 鎌倉亜子さん・中村香苗さん(1/22)

A&K 鎌倉亜子さん・中村香苗さん(新潟市・ヴォーカルユニット)
    
新潟市を拠点に活動する女性ヴォーカルユニットA&K(エーアンドケー)

新潟市のカラオケスポットで歌っていた亜子さんが
お客で来た香苗さんの声に引かれてユニットを組み
地元を中心に地道な音楽活動を展開。

命の尊さや新潟の自然保護をテーマに100122_1.jpg
ライブイベントや福祉施設などでその歌声を披露してきました。

「歌唱を教える仕事を今、並行してやってるんですけど
思春期の生徒さんに接する機会が以外に多いんですね。

私も中学生の子供が居るのですが、この先、だんだんと田んぼが無くなったり新潟の自然が少なくなっていくような・・
だから、この自然と、其れを介した何か繋がるものを子供たちに伝えたいなあ・・と、思うんです」・・と、香苗さん。

100122_2.jpg「確かに自然が無くなってますよね、私たちの子供の頃より・・
ゲームなんかするより外で走り回っていたほうが面白かった頃よりも。

まあ、今でもうちの子が時々ザリガニとか何処かから獲ってきますけど(笑)
で、それを見てあらためて=自然っていいなあ=・・と(笑)。
そんな自然への感謝を込めて歌いたいし伝えたいなあ、と・・
其処のところはふたり一緒なんだなと思います・・」・・と、亜子さん。

この、ふるさとと自然を愛するふたりの女性ユニットは
去年の秋、朱鷺をテーマにした楽曲を製作しCDアルバムに収録、発売。
その収益金を朱鷺保護団体に寄付することも考慮中・・・

「まず、新潟の、地元の人に共感してもらえる歌にしたいんです。
それで、地元の盛り上げが出来たらね、一番いいかな。」

「県外の方のイメージの新潟って、良い印象があるように思うんです。
四季がはっきりしてて、食べ物が美味しくて、人間が暖かい、みたいな。
そういう部分を表現者として出していきたいと思うんです。」

それぞれにふるさとへの思いを述べる亜子さんと香苗さん。

100122_3.jpgユニットとしてヒット曲が出せればとても嬉しいけれど
それ以上に、私たちの生のステージを聞いてくれるひとが増えれば
私たちの音楽を聴いて一瞬でも癒されてくれるひとが増えれば

時にこころが苦しい時、そういう人たちの癒しになるような・・・

「そういう曲を作ってそういう思いでこれからも歌って行きたいです。」

歌声に込められた二人の「思い」は
これからも多くの人へ届けらていくことでしょう。     

2010年1月15日

中島洋巳さん(1/15)

中島洋巳(ひろみ)さん (村上市岩船・中島木箱工場)
 
県北、村上市の海沿い・・・漁港岩船港を望む場所に、    
牛乳入れなどの=木箱=を製造して40年の工場があります。

「いや、造船がね、木からFRP(プラスティック樹脂)に変わってねえ。
最初に、木箱作るようになったきっかけは、それなんですけどね。」

工場長で親方の中島洋巳(なかじまひろみ)さん。 
元々は船大工だった先代の木工技術を受け継ぎ    
様々な=木箱=製品づくりを行なってきました。     
 100115_1.jpg
「最初はそれこそ地元の牛乳業者の依頼で作って・・・
そのあと牛乳箱、仕出の配達箱、パンの箱・・
色々作ってたんだけど、それもプラスチックになってねえ。
でも、また、最近=木のぬくもり=みたいなのが見直されるようになって、また売れるようになりまして。」

=木のぬくもり=が見直されるようになった最近インターネットでの販売を始めるようになってからは全国から注文が相次ぐようになった、と、中島さん。

「親爺が船大工だったから、手でかける鉋(かんな)の技術とか
見覚えで覚えた手仕事の=味=って言うか・・・・
手作りは一番=味わい=があるんだと思ってます。」

100115_2.jpgすべて職人の手仕事で作り出される=木箱=
材料のほとんどは地元の杉の間伐材を使っています。
手に取った瞬間、買ってくれたひとが笑顔になるように・・
一個一個心を込めて作る=木箱=には
確かに手仕事ならではの優しさや存在感が。

「注文してもらってね、
オリジナルの木箱も作るんですよ。
そこの部屋のスペースにきっちり収まる=箱=。
ジャストのサイズの=箱=を作るんですよ・・。
そんなときはお客さんからアイディア貰うことも多くてね。
使ってくれる人と一体になれるような気がして。
それも、=木箱=づくりの魅力なんですかねえ(微笑)。」

最近はこの=木箱=づくりの温もりと
その手仕事に憧れた若手職人も工場に入ってきました。

・・・木で出来るものはたくさんあって、キリがないけれど
ものづくりが好きな子だから、この子と一緒に頑張って
いろいろ新製品も作って行きたいね・・・と、中島さん。

「今、自分の娘やこのあたりのおばちゃんもね、
ここで働いてくれてるんですよ、100115_3.jpg
だから・・この先・・・
ここでいつまでも皆で働ける場所としてね、ふるさとで。
守っていければそれもいいなあ、と・・・。」

北国の漁港に根づいた船大工の伝統。
それが今に息づいた手作りの=木箱=。
=木のぬくもり=を感じさせるそれは
ふるさとのぬくもりとくらしを守る力でもありました。

「ここでしか出来ない=木=の良さみたいな・・
沢山のひとに使ってもらえたら幸せですよ。」

村上生まれの=木箱=は作る人の思いも乗せて・・・
今日も全国に、世界に向けて送り出されています。

 

2010年1月 8日

若林美津枝さん(1/8)

若林美津枝さん(プロダンサー・佐渡市)

佐渡市・・・軽快なリズムに乗り
ダンスのレッスンが行なわれています。
      
指導を行なっているのは若林美津枝(わかばやしみつえ)さん
この地を拠点に活動するプロダンサーです。

「最近は何処で舞台に立っても100108_1.jpg
=佐渡のダンサー=って言われるんですよ。
私、一個人として認識される以上にそう言われるのが嬉しいです。」

ダンスを始めた中学生のころからずっと思っていたこと。
佐渡から、地方からでも世界に通用するダンサーになる。
そう決心したことを、今、少しづつでも証明出来ていると感じられることが
今、なにより嬉しいかな・・と、若林さんは言います。

「実際、2000年から全国のコンクールに出場して今思っているのは・・
=此処は田舎だから時代遅れだから都会には敵わないのかな=って
気持ちが常に在ったんです・・でも、佐渡って逆にある意味=何も無い=んですね。
だからこそオリジナリティのある唯一のものが作れるんだ・・って。
欠点だと思っていたことが逆に優位なんだ・・と、気づきました(笑)。」

100108_2.jpgだとしたら、佐渡を拠点に活動することで
ご自分の表現に何が生まれると思いますか?という問いに
ふと小首をかしげて微笑んだ若林さん。

「知らず知らずのうちに、ですけど・・豊かな自然、ゆっくりした時間。
気持ちの良い雰囲気、そういうものが滲み出てくるんだと思っています。
これは、私だけじゃなく、私の生徒たちのダンスでも同じなんですよ。
演技を始めるとどこのステージの上でも、=ゆったりした空気=が流れ出しちゃう(笑)。
これって、やっぱり、=佐渡で踊っている=からなんだなあ、と思います。」

9年連続で参加している全国ダンスコンクールでの1位受賞
ジャズダンス世界選手権で6位など実績を残してきた若林さん。
現在では佐渡から新潟、東京、台湾と、その活動の幅を広げています。

「16歳から一応ダンスを教え始めて・・正直私と同世代から上のひとたちには
ここから外に出て行ったときに=佐渡出身=ですって言いづらかった気持ちというか
そういう感じをもっていたひと、多かったんじゃないか、と思うんです。
これからは、私の場合、踊りを通じて、故郷の空気とか醸し出せるものに
誇りをもってやっていきたいし、そういう思いも生徒たちに教えてあげたいですね。」

「ダンスを、踊ることを教えるだけじゃなく、ダンスを介して人間的に何を学ぶか。
ただ技術的なことだけだったら学ぶ価値はない、と、今思っていますから。」

ダンスを教え始めた頃は、100108_3.jpg
ただ只管に生徒を見続けていたけど
あるとき、=逆に先生は常に生徒に見続けられているんだ=と教わった。
だから、今は100%あらゆる意味で生徒たちの見本になるような先生で在りたいし
表現者としての自分は、より佐渡を題材にした作品を・・
金山、能、自然、そして、今テーマにしている=朱鷺=とか
オリジナリティにあふれた=佐渡=での自分の表現を深めていきたい・・・

「その中で、日本に限らず世界中から、佐渡に私の踊りを見に来てくれる・・
そういう人が沢山増えてくれたら、佐渡にいながら世界に発信できたら、
そして、常に教える子供たちの前を、手本として歩いていけたらと願ってます。」

世界に羽ばたく佐渡の文化が生んだパフォーマンス。
それは故郷の地にもより深く大きく根を張って育ちつつあります。

青空を翔る朱鷺とそれを慈しむ佐渡の自然のように。
 

2010年1月 5日

佐藤秋夫さん (1/5)

佐藤秋夫さん (新潟市・おもちゃ病院にいがた会長)
    
新潟市西区・・・
子どもたちのための「おもちゃ病院」が定期的に開院(開催)されています。

その会長が佐藤秋夫さん。100105_1.jpg
おもちゃの修理に情熱を注ぐ
ボランティアグループの取りまとめ役です。

「実は、最初、孫からせがまれましてね(微笑)。おもちゃの修理をはじめてみたんですがやはり一人ではなかなか判らぬことばかりで。
その時ボランティアセンターでおもちゃドクターの養成講座のですね、ええ、募集を見て、これだと思って応募しまして。」

おもちゃドクター講座に応募、
無事卒業した佐藤さんは
お住まいがボランティアセンターの近所だったこともあり
何時の間にか卒業した玩具ドクターの皆さんのまとめ役のような立場になり
同期の受講生で此のおもちゃ病院活動を発足させることになりました。
 
現在在籍するメンバーは佐藤さんの同期生12名を含め35人ほど。    
電気、通信、建築など様々な分野からその道のプロフェッショナルが集まっています。 
   
100105_2.jpg「私どもの世代は=ものづくり=世代でしたから。
同期も含め皆さん仕事の現場で=ものづくり=で
色々なご苦労をされてる方が殆どなんですよ。
ですから、=直す=ことの大切さが良くわかる。
何でも大概のものは直せるんですね・・

そして、その、直そうと思うところから、何と言うのか・・
=創造性=や=科学するこころ=が生まれる。
そういう=こころ=を子どもたちに持ってほしいなあ、と。」

現在新潟市の2ヶ所で解説されているこのおもちゃ病院。
開催のたびに沢山の親子が遠距離からも集まってきてくれる。
これからはもっと色々な場所でも開設していきたいですね・・と佐藤さん。

私たちがこのおもちゃ病院を続けることで
お母さんたちが苦労して買ってあげたおもちゃを
無料で修理するという活動を続けることで
子育ての支援になってくれれば一番ですね、とも。
 100105_3.jpg
「おもちゃはちいさいけれど日本の生んだあらゆる技術の・・
ノウハウの塊(かたまり)みたいなものなんです。
分解し組み立てて直すことは、そのノウハウを学ぶことでもある。
今の子どもたちにもその面白さをね、知って欲しいですねえ。

あと、私たち自身60過ぎてこれからの人生の、なんというか
生きがいのようなものを求められる場所でもありますから、この活動は。
世代を越えたコミュニケーションがとれる貴重な場所でもありますから。
私たちおもちゃドクターも色々学ぶことは多いと思いますよ。」

・・・持ってきた動かなかったおもちゃが再び動き出した瞬間
瞳を輝かせて喜ぶ子どもたちを見ているのが一番の喜びですね・・
最後に佐藤さんは子どもたちの笑い声の中、穏やかに微笑みました。

日本の生長を担ってきた=ものづくり=のプロたちの手で
再び元気になったおもちゃ・・・きっと子どもたちのなかに
=物を大切にする心=と=想像力=を育んでいく事でしょう。

 

2009年12月25日

山口冬人さん(12/25)

山口冬人さん (阿賀町~旧津川町~ 写真家)  
   
阿賀町を拠点に活動する写真家、山口冬人さん。     
      091225_1.jpg
ふるさと奥阿賀の美しい風景に魅せられ四季折々の自然や風物などを撮りつづけています。    
     
「自然に溢れたいい場所なんですよ。
ただ、地元の人間でさえこういう風景を知らなかった。
そんな場所も沢山あったんですね、撮り続けていると。」

山と川に囲まれ水と空気が綺麗なふるさと・・・
その素晴らしさをなんとか知って欲しい。観光客だけでなく、まず地元の人たちに。     
     
そう思い続けてふるさとの風景を撮りつづけ、 
5年がかりで撮りためた作品がこの秋、
写真集として自費出版で刊行されました。 
山口さんの情熱がカタチになった写真集です。

091225_2.jpg「国体の新潟開催が今年でしたから
それにあわせて、もう超スピードで(笑)・・
レイアウトから観光関係へのセールスまで本当に手作りというか、独りでしたから。
思った以上に大変でしたけど(笑)。」

それでもこのふるさとの素晴らしさをどうしてもたくさんの人に知ってもらいたかったから・・
そう言って笑う山口さんの表情はとても満足そうでした。

「自然の素晴らしさは何処にも負けないな・・と
写真撮っていて改めて思いましたよ。
川があり山があり空気と水が旨い・・・
大地と川の織り成す景色の凄さですか。
今は、あと=雲塊=ですね、テーマとしては。
山の上から望む雲の群れ、美しいですよ・・本当に。」  

現在は地域の集落を舞台にした撮影会の開催なども行いつつ
この写真集を通してふるさと阿賀町の観光アピールを続ける山口さん。
写真家としての思いは、という質問に最後、こう答えてくれました。

「なによりも・・・撮り続けることですね。091225_3.jpg
一日、一日は=一期一会(いちごいちえ)=です。
昨日も一年前も同じ写真は二度と撮れないですから。今日を、今を撮り続けていたいですね、ふるさとの。」

ふるさとを愛するひとりの写真家の手によって奥阿賀の美しさとその魅力はこれからも沢山の人へ発信されていくことでしょう。   

2009年12月18日

大関将洋さん(12/18)

大関将洋さん(長岡市・池田機工)      091218_1.jpg

長岡市の板金加工会社に務める大関将洋さん。     
   
彼が手掛けた「ステンレス板の住宅模型」が全国規模の板金技能フェアで最高賞を受賞しました。

キャドと言われるコンピュータ制御による板金加工システムのプログラムを使って複雑な加工を行なうのがプログラマの大関さんの仕事です。

「最初この業界に入ったのは偶然なんですが・・
まず(板金加工の)現場を経験してからだったんですね。
此のプログラムの仕事に就いたのは・・・・。
現場ノウハウがないと此のプログラム自体出来ませんし。
まあ、元々考えて何かやるのって好きでしたから
今では、天職だな、とも思ってますよ(笑)。」

091218_2.jpg大学時代はジュエリー作家を目指していた大関さん。    
その感性を板金技術に活かし、
平面の板を折り曲げただけで複雑な立体物を作るコンピュータプログラムを完成させました。
  
「今回受賞した作品も、実はそのままコンピュータにやらせると
=出来ません=ってエラー出すくらいの代物なんです(笑)
それをギリギリのところで騙し騙し認識させて形にする。
此れって現場経験しないと出てこないノウハウなんですね。」

「今回、この作品が評価されて、展示会など全国でこれを見に来ていただける
顧客の方や同業の方が増えました。
今までうちが普通にやってきた技術がいかに凄いか。
社内全部の自信にも繋がりましたし世の中にアピールも出来た、と。」 
 091218_3.jpg
今後は此の技術を生かした
自社製品の開発や
直接このノウハウで複雑な板金加工がある程度、誰にでも簡単に出来るシステムの構築やその指導にも目を向けて行きたいというのが夢です、と大関さん。

「皆が簡単に使える機械、
それが作れればこの業界全体の作業性の向上にも繋がりますし良いものをローコストで提供できれば、
大きく言えば国際的競争力も上がっていくと思うんですよ。
ひいては地域の雇用にも貢献できないかな・・なんて
ちょっと大きいけどそれが当面の目標です(笑)。」
 
091218_4.jpg新しい発想が生み出す製品、技術、競争意識・・
それは確実に地域の発展や活気作りにも繋がっていく。
 
大関さんの求める=新しさ=は
地域の明日をきっと担っていくことでしょう。   
 

2009年12月11日

上杉栄美さん(12/11)

上杉栄美さん (長岡市 新潟県スポーツバトン協会理事長)

長岡市・・・ バトントワリングの練習が行なわれています。
指導を行なっているのは上杉栄美(よしみ)さん
新潟県スポーツバトン協会の理事長です。    

「今年で中越地震から5年・・ですよね。091211_1.jpg
あの地震の復興が始まった頃、被災地にディズニーランドがパレードに来てくれたんです。
そのパレードを見ている子供たちのキラキラした瞳(め)。
感動で涙ぐんでいる大人の表情を見ていて・・
 
私もずっとバトンやってて、実はディズニーランドのショーにも参加していたことがあるものですから・・」

結婚して新潟に来てもうバトンはおしまい、と思っていたけど
ああ、私の出来ることでも此の感動を誰かに与えられたら・・・
バトンを知ってもらう見てもらうことで誰かの瞳を輝かせることが出来たら・・・

上杉さんの新潟でのバトン普及活動はその感動から始まりました。

091211_2.jpgそして、今、 バトン後進県と言われる新潟での普及を目指し    
スポーツバトン協会新潟県支部を設立した上杉さん
自らが主宰するスクールでは全国レベルの生徒も育てています。

「新潟はバトン協会に未加盟の数少ない県だったんです。
だから指導者も少なく、大きい大会への出場機会も無い。
そんな中、バトンをやりたいという子供たちにより大きいチャンスを与えてあげたくて。」
 
此の4年間で新潟県内にはスポーツバトンのチーム・スクールが3つ出来ました
上杉さんや関係者の努力によりスポーツバトン競技の裾野は確実に広がっています。
 
「子供たちにはなにより=夢をもつこと=を教えたいんです。
人に話したら笑われるような大きな夢、手の届かない夢でも・・・
それを思わない限り絶対に夢への一歩は踏み出せないから。
そして、その夢への道がいかに大変で苦しくて険しいものでも
夢の実現の困難さを環境のせいにしない=勇気=も。」

上杉さんのバトンスクールでは、生徒たちは毎日練習日記を書いています。
半年前、一年前に自分がどんなことに悩んでたか・・それを思い出すことが
何より自分の成長を確かめられる、現実的に支えになるから・・

「子どもたちが自分の努力したことを認識することで
それはより大きな夢、未来へ踏み出す具体的な想像力を生むんですよ。」

そしてこのバトンスクールの今年のショーのテーマは=あなたらしく=

「万人に認められるOKだけが成功じゃないんです(笑)
貴方が素晴らしいと思ったことを達成できれば091211_3.jpg
それは貴方にとって最高の=成功=なんです、って教えています。
 
見ている人の心に届く演技、とおりすがりの人でも、はっと気づいて
惹きつけらていく演技、そして笑顔ですね、それがバトンのメッセージ。
何よりも子どもたちにはそれを知って、どんどん成長してほしいですね。
 
そういう子どもを沢山育てる・・それが私の、ゴールなのかなあ(微笑)。」

そのためには私たち指導者もより一層努力研鑽しなきゃだめですよね・・
そういってにこやかに笑う上杉さんの表情は輝いて見えました。

「いつかこの子達と、ディズニーーランドでバトンの演技がしたい・・大きな夢ですよね(笑)。」

新潟から全国、世界へ、地域の枠を超えて笑顔と感動を与えたい...。
そんな子どもたちを沢山育てる為に、バトンの楽しさを知ってもらうために。    
上杉さんの活動はこれからも続きます。    

2009年12月 4日

洗谷純希さん(12/4)

洗谷純希さん (新潟市 宝飾加工職人)

新潟市にある宝飾加工専門店「洗谷貴宝」。
明治時代から続く老舗です。
この店の伝統と技術を受け継いできた洗谷純希さん。
宝飾加工に情熱を注ぐ若き職人です。


「宝飾の修理を長いことやっていたんですよ。
今でもそうなんですけど...。091204_1.jpg
修理ってすごく技術が磨かれるって言うか...
一から全部作るより大変なんで...
それでだんだん色んな「作り」を覚えたんですよ。


それに修理の品って、お客さんの思い出が込められている物が多いんですよね。
そんな=思い出=を大切にして、
ずっと使ってもらえるような、
『丈夫で使い心地が良い』物作りにこだわってきたんで...。


この仕事を20年位やってきたんですけど、
地金を自由に曲げたり切ったりして、
頭の中で完成したものが目の前で形にできるって言うのが、
すごく今楽しいですね。


日本で最高峰と言われるジュエリーコンテスト『ジャパンジュエリーアワード2009』では、
3点の作品を入賞させ、その技術の高さが広く認められた洗谷さん。
現在では後進の指導にも力を注いでいます。


091204_2.jpg「実は新潟には宝飾品を作っている職人さんが多いんですが、
そのことはあまり知られていないんですよね。
それをコンテストで入賞して注目されることによって、
たくさんの人に知ってもらいたいですよね。
もちろん、新潟のこの分野の技術を上げたいって気持ちもありますし...。
挑戦することで頑張る気持ちにもなれますし...。

それから、この業界=あととり=がいない職人さんが多いんですよ。
今のまま行くと20年後には新潟の職人さんが凄く減っちゃいますんで...。
でもこの仕事ってすごく良い仕事だと思ってますので、
若い人にも其の良さを知ってもらって、新潟の職人を増やしていきたいですね。」

 一言一言を噛締めるかのようにゆっくりと語る洗谷さん。
その目は宝飾品のようにキラキラと輝いていました。

「新潟には技術の高い宝飾加工職人が091204_3.jpg
多いってことがわかれば、
その技術を利用してくれる人も増えると思うんですよ。
その方が安く上がりますし(笑)
アフターもききますし...
満足のいくサービスが提供できますし...。

いずれは、海外の一流ブランド品を身につけるのと同じような気持ちで、
新潟の職人が作った宝飾品を身につけてもらいたいですね。」

『質の高い新潟の手仕事』を多くの人に発信したい...。
洗谷さんの情熱が新たな職人を育てています。

提供


アーカイブ



番組テーマソング



NTTドコモ限定
番組テーマソング
カナデフウビ「明日には」
メニュー→メニューリスト→TV/ラジオ/雑誌→①TV→▼地方局ほか→□関東甲信越→新潟放送→ワンダフル新潟人!


Copyright© Broadcasting System of Niigata Inc.
BSN新潟放送TOP
Copyright(C)since1998,Broadcasting System of Niigata Inc. All rights reserved.
==BSNTOPへ==