2009年6月29日

山田陽一さん」(6/29)

山田陽一さん(新潟市 和風セレクトショップ=ワズスタイル=)      

新潟市古町通りに店を構える 
 和風セレクトショップ「ワズスタイル」            
      
 オーナーは山田陽一さん。     090629_1.jpg
 若者にターゲットをあてた     
 スタイリッシュな和装を提案しています。     
      
「24歳の時にここでワズスタイルを始めたんですが
 そのときは着物と言うよりもその周辺のものを・・・
 自分たちの=サイズ=にあった好きなことをし始めて
 それが、10年経ってこんなふうになったという感じですか。」
 
元々呉服屋の息子でしたから流れとしてこうなった・・と
言うところも大きいんですけどね・・・そういって笑う山田さん。
ただやるなら従来の着物・呉服屋とは違うことをしたい・・
そういう思いは常にあった・・とも語ります。
  090629_2.jpg 
「浴衣なんかはもう一般化してきていますけど
 着物はやっぱり普段着るものとは違うんですよ。
 普段着になるのはたぶん無理なんです。
 特別な時の着物、でもそれでもいいんじゃないか・・と。」
 
「一般に言う着物文化とは違うものだけど昔からの伝統は伝統でよい部分は残しつつ新しいアプローチを若い人に提案したい。10年やってきて今そう思っていますね(笑)」
  
 かつては花街として人と人とをつむぎ今でもその情緒を残す古町。     
 山田さんはこの地を拠点とする事にこだわりました。    
      
 「まあ、この店をやっていて思ったことでもあるんですが・・(笑)
 着物を着て歩く人が似合う街であってほしいんですね、古町。 新潟島には色々、県政記念館やみなとぴあ・・昔の建物も多いです。
 着物が似合う場所はまだまだ沢山残ってると思うんですよ。」
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「あと、古町で仕事を始めて色々な方との繋がりができました。
 自分はある意味コーディネーターみたいなものですから。
 
 例えばワズの仕事の結婚式の捨身とかにしたところで
 カメラマンがいて美容師さんがいて着付けがいて・・・
 それで初めて出来るんですよね・・そういう人脈がここでね・・
 古町で広がったなあ、と思うんですよ。」
 
この街だから出来る、ある意味古町だから出来る
色々な人との繋がりで出来る可能性を大事にしながら・・
 
 新しい和のスタイルが古町通りから発信されています。     

2009年6月22日

山田渥美さん(6/22)

山田渥美さん(長岡市 競泳選手・長岡聾学校教諭) 
    
090622_1.jpg 長岡市を拠点に活動する
 日本競泳界のトップアスリート山田渥美さん。    
 世界選手権出場の実績を持つ実力者です。  
 
「元々小学校の頃アレルギー性の鼻炎だったんです。
 で、お医者さんに水泳を奨められて・・・(笑)」 
     
其の後小学校の時BSNの少年少女水泳大会で優勝したことで
 
「一番になるのって凄い嬉しいなって思ったんです・・
 それが本格的に競技者になるきっかけだったかな。」
 
そして今、山田さんは地元の聾学校で先生を務めながら選手生活を続け    
去年開催された大分国体では50メートル自由形で2位。    
 今年の新潟国体では優勝も期待されています。    
 
  090622_2.jpg「昨年2位だったので最終目標は優勝なんですが
 此処まで長く水泳を続けてきて、今、一番良い形で
 納得できる練習もして、悔いの無い結果で終れる・・
 それが一番の目標なんでしょうね・・
 沢山のひとに応援してもらってるのが判りますから。」
     
 元々地元新潟で教員志望だったと語る山田さん・・
実際教員になるまで数年は就職浪人も経験しました。
そんな中、国体めざして続けてきた水泳。
本当に色々な人たちに支えられてきたから・・
今度はその恩返しでも結果出したいですね・・とも。
 
「生徒たちも応援してくれてます(笑)
 大会の結果とか=先生どうだった?=って聞いてくれます。
 ああ、興味もってくれてるんだ・・と思うと嬉しいですね。」
 
「最初、(聾学校)教師になった1年目は両立が本当に大変でした。
 でも、生徒たちを見ていて、勇気もらったと言うか
090622_3.jpg =これで結果残せなかったらカッコ悪いな、私=って・・
 だからここまれ頑張れたのも生徒たちのおかげ、でもあるんです。
 
多分みんな応援に来てくれると思うから
決勝の舞台で生徒や応援してくれた人たち
=みんなの喜ぶ顔が見たい=なあ・・(笑)。」

生徒達の声援を胸に山田さんは今日も練習に励んでいます。    
     

これからのワンダフル新潟人放送予定

6/22 山田 渥美さん (競泳選手)
2005年モントリオール選手権出場等数々の国際大会出場経験を持つ日本競泳界のトップアスリート。
普段は地元新潟県の聾学校で教壇に立つ「学校の先生」。
昨年大分で行われた国体では50メートル自由形で2位、100メートル自由形で7位という成績を残した。
今でも現役のトップアスリートとして、地元の人達や生徒達の声援を受けながら、
今年開催される「にいがた国体」での優勝を目指している。

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 6/29 山田 陽一さん (ワズスタイル代表)
かつては花街として栄え、艶やか着物姿で歩く女性達の姿が多く見られた新潟市古町。
今ではシャッター通りといわれるほど活気がなくなっている。
「かつての新潟の情緒と活気を今に・・・」と、古町通りに店を構え、新しいスタイルの和装を提案している。
着物離れが進む中、若者にターゲットをあて、ファッショナブルで且つ気軽に利用できるスタイルを提案。
「和装のある街の風景」を増やし始めている。

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 7/6 小千田 節男さん  (NPO法人「みかわ天文台」台長)
世界一の天文台を自分の手でつくりたいという夢を追い続け、その想いに賛同した宇宙飛行士の毛利衛さんら数多くの仲間とともに30年という年月をかけて05年に天文台を建てる。
ひとりでも多くの人に自然の素晴らしさを感じてほしいとの想いから、
ドームの入口は車椅子で入れるようバリアフリーの設計や、子どもの力で開閉できる屋根を設置している。
4月~12月には「星見せ会」と名づけた星空観望会を催し、子どもたちに観察方法や望遠鏡の扱い方の指導も行う。
全国から年間300人以上の人が参加している。
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 7/13 田淵 展子さん (料理研究家)
料理研究家としては新潟県での第一人者。「食」と「暮らし」をコーディネイトするライフスタイリングアドバイザーとしても活躍。
地産地消と食育をテーマに、地元の野菜など「新潟県の食材」を使った料理を数多く提案。
テレビ番組や、料理番組の講師、食育や食事バランスに関する講演等、幅広い分野で「食の楽しさと大切さ」を訴えつづけている。
また、県産の米の粉を使った米粉料理や米粉パンなどの開発にも取り組み、県産米の消費拡大への一端を担っている。
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2009年6月15日

吉田健太郎さん(6/15)

吉田健太郎さん(新発田市「まちカフェLink」設立・敬和大学専任講師)
 
090615_1.jpg 新発田市の中心街に店を構える     
 まちカフェ「リンク」。     
      
 市民が集う交流の場になれば...と     
 地元の学生達が運営しています。     
 その提案者が吉田健太郎先生です。     
      
「まず、この新発田の街の商店街の活性化・・・
 そして学生たちの教育・・起業家精神の育成でしょうか。
 それが第一の目的で始めたのですが・・・。」
 
最初は正直無反応に近かった・・というこの「まちカフェ」も
徐々に新発田の商店街に浸透し、今では来店する地元の方との
ネットワークが広がりつつある、と吉田先生は語ります。
 
「地域の課題は地域全体で・・
 問題意識を共有して一緒にこの街を楽しくしていこう。
 そういう学生と地域が一緒に活動できる場所というのが
 この=まちカフェ=の最終的な目標なんですよ。
 
090615_2.jpg ですから、なによりもまず=一緒に議論して一緒に行動する=
 それに重点をおいてほしいと学生たちには言っています。
 けっこう自主的にいろんなアイディアが出てきていますよ(笑)・・」  
 
地元農産物を使ったメニューをはじめ、買い物代行や託児サービス、
吉田先生の言うところの =学生ならではのアイデア=はこのカフェの魅力のひとつ。
 
「買い物代行も育児サービスも、
 学生がフィールドワークで見つけてきたことなんです。
 現実的にはまだまだ利用者は少ないんですが
 これからも積極的にこういう活動を伸ばしていければ・・・
 若いエネルギーが地域に入っていくことで
090615_3.jpg 何よりもここ新発田の街を活性化していきたいんですね。」     
 
    
「3年後くらいには街の人たちが当たり前のようにここに来てくれて
 ここで語られる話題がここから発信されて新発田の街を活性化する。
 そんな場所を作ることがこの=まちカフェ=の最終目的ですから
 =ゴールは無い=んですよね・・日々新しい目標を目指すこと。
 
 新発田の街のひとたちがここに住んでよかったと思える街
 そのきっかけをここから作っていければなあ・・と。
 それが=コミュニティーの再結成=という事に繋がる。
 少しづつそれが見えてきたようにも思うんですけどね(笑)」

 伝統ある街の商店街に広がっていく若い力。     
 学生たちの笑顔のサービスは「街の元気」を育て始めています。   
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2009年6月 8日

伊藤達也さん(6/8)

伊藤達也さん (糸魚川市  糸魚川シチュエーションロードムービーズ代表)
     
 糸魚川市にはかつて5軒の映画館がありました。     
090608_1.jpg しかし現在、時代の趨勢からか一軒も残ってはいません。   
      
 そんな中で映画の振興に情熱を注ぐ男性がいます。     
 伊藤達也さん・・地元に帰ってきてから精力的に
 自主鑑賞会など映画の魅力を広める活動を行なってきました。     
      
 「映画の仕事がしたくて上京して・・五年前に帰郷したんですが
 私が東京へ出たころ、まだここ(糸魚川)には映画館あったんですよ。
 で、ふるさとに戻ってきたら無くなっていまして・・・
 映画館のある街で育ったから映画好きになったんだなと思ってましたから
 此処は是非もう一度この街に=映画=を復活させたくて。」
 
糸魚川の人たちは元来映画大好きなはずですから・・・。
 
優しい目で語る伊藤さん・・何より映画を見ることの面白さを
もういちど皆に思い出して欲しいとも語ります。
 
 この2月には、地元糸魚川がロケ地となった映画     
 「楢山節考」の上映会を実施、     
 主演の坂本スミ子さんも応援に駆けつけました。     
      
090608_2.jpg 「ロケ地に選ばれた場所が自分のふるさとにある素晴らしさ。
 でもそれって映画を通して見ないと発見できない景色なんです。
 それをふるさとの人たちに気づいてほしいんですね。
 映画のシーンの中に立てる、そういう場所に住んでるんだ・・と。
 
映画のシーンに映し出されたふるさとの光景。
それを見ることで改めてふるさとの美しさもなにも見えてくる・・・
映画をみて感じることは100人が100人違うとしても・・・
 
「それって本当に凄いこと素晴らしいことだと思うんですよ(笑)
 
そう言って伊藤さんはまた少年のように笑います。
 
「映画館に、上映会に行って映画を見るということは
 スクリーンだけが明るくて周りには人がいて椅子ひとつのスペースで・・
 これほど制約された状況で影像に集中することは
 普通の日常のDVDやTVの中にはたぶん無いんですね。
 もう完全に映画だけに集中して見れる環境・・
 それを皆さんに知って、いや思い出してほしいのかな・・。」
 
映画館復活・・は無理としても、定期的に
月に1回でも映画上映会が出来る・・
そんな街にしていきたいんです、と今後を語る伊藤さん。
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 「糸魚川の人たちは日本一映画が好きなんだよ・・ってね
 日本中から言われるくらいになればなあ、なんて思ったりもしますよ(笑)」
 
  
 映画を愛する男が語る、 映画から見えてくる地域の魅力。 
 =ふるさとに映画を=と言う伊藤さんの活動はこれからも続きます。     

2009年6月 1日

横井栄子さん(6/1)

横井栄子さん (村上市~旧朝日村~ 「朝日村繭の花の会」代表)
       
 
村上市朝日地区の特産品「繭の花」。      
090601_1.jpg 地元の工房では、      
 製作体験を行なうことが出来ます。      
       
 その指導にあたっている人が      
 横井栄子さんです。      
       
 「養蚕農家は、今、繭(まゆ)の値段が輸入で安くなって
 専業ではもう食べていけないんです。
 それで、繭に付加価値がつけられないかと思いまして。」
 
そんな理由でクラフトを始めたのですが
いざやり始めたらこれがとても楽しくて・・と笑う横井さん。  
 
かつては養蚕が盛んだった朝日地区も      
 安い輸入繭に押され、農家は次々と養蚕をやめて行きました。      
 そんな中、横井さんが見出したのが「繭の花」でした。      
       
作ってみたい・・と言うひとが増えて居ることを実感し
朝日地区での学校の親子活動で此の繭の花作りを
教えはじめたりする流れを見るうち工房を本格的に開いて
この繭の花作りを専業にしようか・・と思ったそうです。
 
090601_2.jpg「本来は絹糸になるべきもの・・ですよね。
 でも現実それでは食べていけないし暮らしが成り立たない
 付加価値をつけてこれで食べていける・・という環境。
 それによって養蚕が続けられる場所が残せる。
 そのことが一番の目的で理想でもあるんです。」
 
養蚕の行なえる土地はとても環境の良い場所でもあるんです。
それに自然にやさしい産業でも勿論あるんですよ・・とも。
 
「例えば今子供たちに繭の花で作れる帽子とかを
 入門用に教えているんですが・・これの原型は
 私が子供のころ白詰草で編んだ花のかんむりなんですよ。
 
 今の子供たちにはそういう体験がないでしょう?
 だから、逆にこの繭のクラフトで経験した造り方で
 今度は自然の中で本当の花を見て触れた時に
 
 =あ、ああやって編んで遊べば楽しいんだ=って
 
 思ってくれれば・・なんて思いもあるんですよね(笑)」
       
 横井さんの作る繭の花・・その柔らかな質感と暖かい雰囲気
 繭の毛羽立つ感覚や変わらない色などが評価され
 最近ではこの地をを訪れ体験する人も徐々に増えてきました。
 
「若い人が、この繭の花つくりで・・養蚕が続けられる。
 この地域の繭を使って作るこのクラフトで
 養蚕農家の暮らしが続けられるようになってくれれば。
 そこまで目標にしてこれからも頑張って続けて行きたいですね・・・
090601_3.jpg 沢山のお客さんが全国から来てくれるような
 ここの=名産=にして行きたいです・・大変だとは思いますけど(笑)」     
       
 朝日地区の養蚕技術は製品としてのかたちを変えながらも      
 絶えることなく次世代へと引き継がれています。      

2009年5月25日

八木洋さん(5/25)

八木洋さん (新潟市・新潟シティガイド代表) 
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 新潟島の観光名所を案内する新潟シティガイド。    
     
 去年の4月に発足し、
1年間で目標の3倍を超える
 489人を案内しました・・・その代表が八木洋さんです。    
     
 「最初は新潟市の観光ガイド養成講座・・ですか
 それを受講したのが切っ掛けだったんですがね。
 二年間講座で勉強させていただいて、
 そのあと今の自主団体を立ち上げた・・という事です。」
 
まず、何よりも自分が新潟の、ふるさとのことを知りたい・・
それがすべての始まりだったと思いますよ・・と、八木さん。
発足当初は市内・市外の歴史好きの人たちなど
地元の団体からのオファーが殆どだった・・とも。
 
「 ただ、今年はにいがた大観光交流年ですからね。
 市も県もたっぷり宣伝して戴いたおかげで
 県外からいらっしゃるガイド希望の方も大分増えまして(笑)」    
「県外の方が言われるのは、まあ新潟市は食べるものが美味しい。
 川と海の織り成す景色がいい・・あと=ともかく空が広い街=だと。
 
090525_2.jpg新潟島の歴史や町並み・・その成り立ちや、今は忘れられた風物
そんなものも含めて此の地域を訪れた人たちに紹介していきたい。
まず何よりもお客さんと接しながらのガイド・・という考え方を忘れずに
5人程度を1人のガイドがご案内する・・というやり方を守って
今後もこの新潟島ガイドを続けて、進めて行きたいと語る八木さん。
  
「私たちのガイドで新潟の見方が変わってくれれば・・と思います。
 良く謙遜なんでしょうか=にいがたは何もないとこだから=と
 どうも新潟県人は言いがちのように思うんですが(笑)
 けっして=そんなことは無い=・・と知っていただければね(笑)
 
 だからそれこそお馴染みの観光スポットから路地小路の裏
 あまり知られていない美味しいものまで・・今の新潟島の魅力をね
 来て戴いた方皆さんにご紹介するのが目標・・でしょうねえ。」
 
 秋にはにいがた国体やJRのキャンペーンも控え    
  新潟島観光ガイドの需要は今後ますます増える
  ・・とも予想されています。
   
「まずボランティアであるわけですから、ガイドしながらも
 自分たちも見たことの無い=新潟=を発見して楽しみながら・・・
 皆さんのお役に立たせて戴いて末永く続けて行きたいものですね。」    
     
今年度は第2期の新潟島ガイドの募集も始まりました。090525_3.jpg
 
 魅力溢れる川と港、広い空の街=新潟=の街歩き...。    
 その魅力を数多くの人に伝える事が出来たら・・
 
「それが私たちガイドにとっての=新潟自慢(笑)=であり
 なによりの遣り甲斐、喜び・・というところでしょうか(笑)」    
   
八木さんたちの活動はこれからも続いていきます。

2009年5月20日

これからのワンダフル新潟人放送予定

 
 5/25 八木 洋 「新潟島シティガイド」代表
新潟市中央区の観光名所を案内するボランティア団体。
発足から1年を迎え、当初の目標を大幅に上回る489人を案内しています。
市の養成講座を受けた50~70代の25人が所属しており
西大畑のどっぺり坂周辺の散策や寺町の町歩きなど4コースを約2時間、1人500円で案内中。
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6/1 横井 栄子 「朝日村繭の花の会」代表
養蚕婦人部メンバー19人で発足した繭の花の会。
安い繭が大量に輸入されるようになり、養蚕をやめる農家が増えていく中
朝日村の特産物養蚕を残して行く為、繭を使ったシルクフラワーで新しい形の養蚕事業を展開する。
現在ではそのシルクフラワーが朝日村の特産品と称されるなど、地元の期待も高まってきた。
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6/8 伊藤 達也   糸魚川シチュエーションロードムービーズ代表
糸魚川市の海谷渓谷をロケ地に映画「楢山節考」を地元で自主上映。
子どもの頃、自宅近くに映画館があり、映画にのめりこむきっかけに・・・
だが5年ほど前に戻った糸魚川で相次ぐ閉館の末に映画館が1軒もなくなってしまったのを見て
映画の魅力を知ってもらおうと飲食店や福祉施設などで無料の鑑賞会を始めた。

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6/15 吉田 健太郎 「まちカフェLink」設立・敬和大学専任講師
新発田市の中心商店街の空き店舗にユニークなカフェを開く。
「シャッター通り」と揶揄され、かつての賑わいを失う中心市街地に
市民が集う交流の場を作り、活性化の糸口を作りたいとの目的で昨年10月にスタート
お茶を楽しむお年寄りや母親らに変わって同大学の学生が買いものに出かけたり、
無料で子どもを預かったりする独自のサービスを展開中
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一年で一番清清しい季節、今後もスタッフ一同新たな気持ちで
新潟県内を跳びまわり素敵な=新潟人=をご紹介して参ります。
今後とも=ワンダフル新潟=を宜しくお願い致します。
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2009年5月18日

森岡泰彦さん(5/18)

森岡泰彦さん  (製造業者「新潟造形」代表)
 
「最初に直した木は・・椿でしたかね。
 それから欅(けやき)、柳、松・・」
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大切な木だからこそ残したい...。     
 そんな思いで木を守るひとがいます。     
      
森岡泰彦さん・・・・腐蝕して穴が開いた木を
樹脂で補修する工法で特許を取得しました。     
      
「切っ掛けは地元の造園業組合の方たちに
 あんたんとこの技術で木の補修ってのは出来ないか・・と
 言われたことからでしたが・・・やってみたら案外に出来まして(笑)」
     
 事も無げに語る
森岡さんの本業は立体造形物の製造。     
 その造形物制作のノウハウを活かした樹脂による木の修復で     
 これまでに30箇所以上の木を蘇らせてきました。     
      
 「殆どの木が、思い出深い木・・なんですよ。
 大切にされている木、と言ってもいい。
 先々代が植えたからどうしても枯らしたくないとか
 神社仏閣のシンボルとして氏子一同が
 先祖から守って来たのを此の代で絶やしたくない・・とか
 思いのこもった木なんですね・・だから尚更喜んでもらえた。」
 
090518_2.jpg 木を癒すことで多くの人に感謝される喜び、
 また自分の技術が世の中の役に立つという感動・・・
 
 ほんの小さな切っ掛けで生まれた技術でしたが
 此れを特許申請したら思いのほか早く認められた・・・
 そのことでますます森岡さんはこの技術の必要性や重要性が判ったと語ります。
 そしてより多くのひとに伝えていかなければ、と思ったそうです。
 
「本業は別に在りますからこれ一本とは行かないんですが(笑)
 なるべく多くの方に使って頂きたいと・・・
 この技術がある意味=エコ=に繋がるとも思っておりますし・・
 ただ現在技術的にかなりの専門知識を必要とするものですから
 まず造園業の皆さん対象に広めていくことを考えています。
 今後の課題は誰でもがこの修復技術を使えるように
 簡単に、使いやすいノウハウを作っていくこと、と思っております。」
 
木はいままでいかに古くとも歴史があろうとも腐れば伐(き)る
そういう流れだったですが、その木がそこまで育つ為に
どれほどの時間がかかり、どれ程の歴史が刻まれてきたか
伐るのは簡単、でも本当にそれでいいのか?・・・・090518_3.jpg
そういう=木の歴史=をきちんと後世に残していかないと。
そんな思いが最近は何時も胸中にありますよ・・と、森岡さん。
 
木を守ることは木の歴史と思い出を守ること
 
「それが出来るという技術を開発できた・・嬉しいことじゃないですか(笑)」
      
 森岡さんの手で元気を取り戻した木々・・・     
 これからも成長を続けていくことでしょう。
木を囲む多くの人たちのこころに新たな思い出を刻みつつ。

2009年5月11日

とき ゆうじさん(5/11)

とき ゆうじさん (マウイホーン奏者 新潟市出身)   090511_1.jpg
   
「良く、とき・ゆうじは芸名ですか?と聞かれるんですが
 此れは本名をひらがなにしただけなんですよ(笑)
 佐渡出身でもないです、新潟市内ですから・・」
     
そう言って笑うときゆうじさんは
日本でも数少ないマウイホーン奏者。
ハワイ産まれのリード楽器、マウイホーンを手に     
地元新潟と首都圏を中心に活動しています。     
     
「此れは広義のバンブーサックスになるのかな・・
 ハワイで作られた楽器なんですね・・
 私も昔から色んな楽器を弄ってるんですが
 此れがある時期東京で噂になりまして・・
 渋谷の駅前で此れを売ってる外人さんが居る・・と。
 
090511_3.jpgつい衝動買いしたものの手付かずだったマウイホーンでしたが
その素朴な音に魅せられて此れを単なる玩具で終らせたくないな・・と
ときゆうじさんはマウイホーンを使ったライヴを始めます。
その素朴な竹の響きが奏でるシンプルなメロディは     
「ひらがな音楽」と名付けられ数々のCDもリリースされるようになりました。
 
「僕は音楽の楽器ってのは・・・空気に色を付けるものだと。
 で、考えたいったら此の楽器に合うものは何かなと言ったら
 決してシンセサイザーじゃない・・アコースティックな楽器かな・・
 
 で、現在のようなギターや生の太鼓や・・というユニットが出来たんです。
 だから、聴いててドキドキハラハラするような音楽じゃないんですよ。
 空気が柔らかく聴く人を包み込むような音楽・・というのかな。
 そういう空気に自然となっていって・・それが=ひらがな音楽=(笑)」
     
「ひらがなの気持ちで奏でるから、聴いてくれる皆さんもひらがなの気持ちで・・
力いっぱい全力で・・ってものじゃない、さり気なくわかり易く・・。
小学生が聴いてすぐ=あ、ぼくでも出来る?=と思えるような
090511_2.jpgそんな音楽が理想・・・最近はそんな風に思っておりますよ。
 
聴いたら眠りに誘われていくような癒し・・というのかなあ。
それが音楽で表せた感じもね・・・上手く言えないんですが」
 
ときゆうじさんはそう言って穏やかそうに笑いました。
 
ひらがなの気持ちで奏でられる奇を衒わぬ自然体のメロディー    
マウイホーンが生み出す「癒し」の音色は    
新しいスタンダードナンバーをつくり始めています。
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