2008年9月23日

9月23日放送 上越市

sinhotoke_080924.jpg●林泉寺(りんせんじ)・・・上越市にある上杉謙信ゆかりのお寺、林泉寺。上杉家の菩提寺としておよそ500年前に建てられた。謙信は7歳~14歳の間、このお寺の天室光育(てんしつこういく)和尚の下、修行に励んだ。また、上杉家が米沢に移封されたあとも春日山城主の堀家、歴代高田藩主の松平家、榊原家の菩提寺になった。そんな上杉家と大変ゆかりの深いこのお寺は、「上杉謙信」の名前の由来に大きく関係しているのだ。春日山城に生まれた謙信は「虎千代(とらちよ)」と名付けられ林泉寺に預けられた。その後、度重なる戦の度に影虎(かげとら)、政虎(まさとら)、輝虎(てるとら)とお世話になった人の名前の一文字を譲り受け改名していった。
そんな謙信は、晩年、林泉寺で再び修行に励んだ。その際、謙信に禅の教え、義の大切さを教えたのが林泉寺7代目住職である益翁宗謙(やくおうしゅうけん)和尚である。それから謙信は、お世話になった師の一字を頂き、「謙信」と名乗るようになったのだ。まさに、義に厚い謙信ならではの名前の由来である。

所在地:新潟県上越市中門前1丁目1-1
電話:025-524-5846

●仏事の泉・・・「新しい埋葬の形」

2008年9月16日

9月16日 上越市

sinhotoke_080916.jpg●久昌寺(きゅうしょうじ)・・・上越市寺町にある曹洞宗の久昌寺。およそ400年前に、直江津に建てられたお寺だが、寺町作りのために現在の地に移動してきた。このお寺はかつて修行寺として有名だった顕聖寺の隠居寺として開かれた。20近くある末寺の中でも隠居寺は久昌寺だけだそうだ。一般的には、1つの寺に連続して何人もの住職が隠居するのは稀。しかし、久昌寺の場合、9人もの住職が隠居しているのだ。顕聖寺とは今も本寺、末寺として関わりを持っている。また、このお寺は40年もの間、坐禅会を行っていた。今は行われていないが、当時は智慧を司る文殊菩薩を中心に円になり坐禅の指導をしていたそうだ。坐禅を体験して見たいという方は、久昌寺に問い合わせれば1人からでも受け付けていただけるとのこと。

所在地:新潟県上越市寺町2-22-7
電話:025-523-5072

●仏事の泉・・・「お彼岸とお盆の違い」

2008年9月 9日

9月9日放送 上越市

sinhotoke_080909.jpg●最賢寺(さいけんじ)・・・上越市南本町にある真宗大谷派の最賢寺。元々は春日山に建てられていたお寺だが、高田城築城に伴って現在の地に移動してきた。今からおよそ400年前に本願寺の顕如の弟子であった金子数馬(かねこかずま)によって建立されたとされる。最賢寺には本堂を覆い尽くすほど巨大なイチョウの木がある。樹齢はおよそ400年と言われ、上越市内では大変有名だ。このイチョウの木には「葉が全て散るまではどんなに寒くても雪が降らない」という言い伝えが残っている。ご住職も地域の方々も葉が残った状態で雪が降ったところを長年見ていない、という。何か不思議な力がイチョウに宿っているのだろうか・・・
 また、現住職の祖父にあたる金子大榮さんは真宗大谷派では大変有名な方。同じ大学に行っていた曽我量深とともに民衆に教えを広め、布教活動に大きな影響を与えた人物だ。大谷派といえば曽我・金子と呼ばれるほど。大榮の残した掛け軸は今も最賢寺にしっかりと残されている。

所在地:新潟県上越市南本町3-4-18
電話:025-523-6757

●仏事の泉・・・「お彼岸のあれこれ」

2008年9月 2日

9月2日放送 西区

sinhotoke_080902.jpg●瑞林寺(ずいりんじ)・・・新潟県西区にある瑞林寺。元々、栃尾にあったお寺で、開基である上杉家の米沢移封に伴い、瑞林寺も場所を移し、現在の地にお寺を建てた。開基が上杉家といううこともあり、まだ栃尾に瑞林寺があった頃、上杉謙信が14歳~18歳までの間門察和尚のもとで、修行していたといわれている。
時は戦国時代。多くの戦が繰り返される中、織田信長に敗れた農民達がこの越後の地に移り住んできた。そして、この土地特有の潟を利用して、開拓をしようと試みた。しかし、冬の豪雪や河川の氾濫が繰り返し起こり、収穫前の農作物が全て駄目になってしまうことも多々あった。そんな中、瑞林寺やその他、浄土真宗のお寺がこの地の開拓を進める農民達の心の支えになったのだ。この地の発展と瑞林寺の歴史は共に歩んできたと言っても過言ではない。また、こちらのお寺には、開基当時から代々受け継がれている阿弥陀如来像がある。およそ500年以上前に造られたとされている。優しく微笑むその目には、開拓当時の農民達の精神が刻み込まれているようだ。

所在地:新潟県新潟市西区小針4-5-18
電話:025-266-1846

●仏事の泉・・・「開眼供養について」

2008年8月26日

8月26日放送 西蒲区

sinhotoke_080826.jpg●遍照寺(へんじょうじ)・・・新潟県西蒲区旧巻町にある遍照寺。越後弘法二十一札所の第17番札所になっているお寺だ。西暦995年に本間佐渡神(ほんまさどのかみ)の菩提寺として佐渡で開かれた。そして、1191年に本間家の移動に伴い、遍照寺もこの地に移ってきた。本堂には、旧巻町指定文化財第一号である、奈良時代に造られた観音菩薩立像が祀られている。この観音さまは、中越大震災の復興を祈念して開催された新潟の仏像展に出展された貴重な観音さまだ。全部で47の仏像が展示されるなかで奈良時代の仏像は遍照寺のものを含めて4体。全身が銅で作られており、立ち姿をモチーフにしたものが奈良時代の観音像の特徴だそうだ。衆生救済と云われている観音菩薩。地震で被害に遭われた方々の一日も早い復興を心から祈りたい。

所在地:新潟県新潟市西蒲区赤鏥甲572
電話:0256-72-3846

●仏事の泉・・・「本尊の種類」

2008年8月19日

8月19日放送 柏崎市

sinhotoke_080819.jpg●番神堂(ばんじんどう)・・・新潟県柏崎市。番神岬のすぐ近くにある番神堂。元々は妙行寺(みょうぎょうじ)と同じ敷地内に建っていたが、本堂の移転に伴い、番神堂だけがここに残る形になった。そのため、現在のお堂の管理は妙行寺の住職が行っている。このお堂は元々、真言宗であった。しかし、1274年に佐渡に島流しされていた日蓮聖人が赦されて寺泊に向かう途中に嵐に遭い、柏崎に上陸した際に番神堂の当時の住職、慈福(じふく)が深く帰依し、日蓮宗に改宗されたそうだ。日蓮聖人は、無事に上陸できたことを神に感謝し、この地に30の神を合祀した。そこから、このお堂は三十番神堂と呼ばれるようになった。また、このお堂の外壁には鳳凰や亀などの桃山調の彫刻が施されている。その中に1匹だけ蝶が彫られているのですが、その蝶を見つけることができた人には幸運が訪れるそうだ。

所在地:新潟県柏崎市番神2丁目
電話:0257-22-2395

●仏事の泉・・・「本尊・脇掛の大きさ」

2008年8月12日

8月12日放送 柏崎市

sinhotoke_080812.jpg ●周広院(しゅうこういん)・・・新潟県柏崎市にある周広院。1534年、刈羽三山のうちの一つ、八石山の城主によって建てられた。この寺の山号は「泉福山(せんぷくざん)」と云われるが、寺の南にこんこんと水が湧き出す泉があったことからその山号になった。また、寺の名前も八石城主「毛利大萬亮周廣(もうりだいまんのすけかげひろ)」が、「周廣(しゅうこう)」と呼ばれていたことから周広院(しゅうこういん)となった。
この寺には、その八石城主にまつわる悲話が残っている。人望も厚く、市民から信頼されていた八石城主。それを妬み、恨んでいた北条城主は、城に八石城主を招いた。「汗でも流したらどうか?」と、風呂に誘ったあと、頑丈な扉に鍵を閉め、八石城主を中で蒸し焼きにして殺してしまったのだ。すると、突然大きな火の玉が北条城の上空に現われ、けたたましい雷鳴とともに周広院まで飛んできたそうだ。きっと、自分の建てた周広院に戻ってきたかったのだろう。八石城主の無念を表しているかのように雷鳴は鳴り止まず、寺では読経の声が絶えなかったそうだ。
また、こちらのお寺には、八石城主が守り本尊として持っていた木造阿弥陀如来坐像が祀られている。この、阿弥陀如来を安置するために周広院が建てられたという言い伝えも残っている。頬の膨らみや、来ている衣のひだの柔らかさなどから平安末期の時代に造られたものとされている。お寺が建つ300年以上前からあるこの阿弥陀如来像。長い時を経て、今もこの地の平和を見守り続けている。

所在地:新潟県柏崎市与板707
電話:0257-27-2135

仏事の泉・・・「お盆の豆知識」

2008年8月 5日

8月5日放送 十日町市

sinhotoke_080805.jpg●宝泉寺(ほうせんじ)・・・新潟県十日町市にある曹洞宗の宝泉寺。1587年に上杉景勝の目代によって開かれた。昔から、本堂の周りには沢山の清水が湧き池などが周りに沢山あったため、宝の泉のお寺ということで「宝泉寺」と名付けられた。本堂の前には、仏教と深い関わりのある蓮の花が多く咲いている。この蓮は「二千年蓮」または「大賀蓮」と呼ばれるもの。千葉県で縄文時代の遺跡から蓮の実が発見され、その実を見事開花させた、蓮の研究家、大賀一郎博士の名前からきてる。その二千年蓮の花は全国各地に株分けされているが、大賀博士が直接植えた二千年蓮の苗が残っているのは宝泉寺をいれて全国で二箇所のみ。ぜひ、貴重な蓮の花を見に足を運んで欲しい。今年の見頃は8月5日頃までとのこと。

所在地:新潟県十日町市小泉1051
電話:025-752-2924

●仏事の泉・・・「お盆の準備と墓参り」

2008年7月29日

7月29日放送 三条市

sinhotoke_080729.jpg●乗蓮寺(じょうれんじ)・・・新潟県三条市にある乗蓮寺。八幡神社の神主の弟であった蓮阿上人によって開かれた。このお寺には、三条市内で唯一の国指定文化財、木造阿弥陀如来像が祀ってある。昔、三条の大火によって乗蓮寺に火が回ってしまったとき燃え盛る炎の中に檀信徒が飛び込み、必死で阿弥陀如来像を救い出したという逸話が残っている。その阿弥陀如来像が祀ってある本堂の正面の道は、ゆるやかなカーブになっている。これは、昔の街道から本堂へ向かう際に「阿弥陀さまの正面に立っては失礼だ」ということで斜めに曲げられたもの。阿弥陀さまに対する強い信仰心が今もこの地に根付いている。

所在地:新潟県三条市東裏館1-14-3
電話:0256-33-3005

●仏事の泉・・・「住職?和尚?方丈?お寺さんの呼び方」

2008年7月22日

7月22日放送 長岡市

sinhotoke_080722.jpg●万休寺(まんきゅうじ)・・・新潟県長岡市にある万休寺。もともと長野県にあったお寺だが、400年前に戦乱を逃れるため現在の地に移ってきた。戊辰戦争や長岡空襲の際、寺が焼失。そこから復興を果たし、現在の万休寺がある。旧三国街道沿いに建っているこのお寺は、江戸時代に、参勤交代を終え江戸から帰郷する長岡藩主の最終休息所になっていたといわれている。家来などは近くの庄屋で休み、万休寺には藩主やご家老など位の高い者が休んでいた。寺の近辺にある庄屋が集まり、盛大におもてなしをしたという。
また、明治・大正時代には、お寺では珍しく、本堂の脇に病院を併設。当時は遠方からも沢山の人々が治療に訪れたそうだ。

所在地:新潟県長岡市宮内6丁目8-7
電話:0258-32-5573

●仏事の泉・・・「法事の際のお布施」

2008年10月

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