2008年12月アーカイブ

hotoke_081224.jpg●妙照寺(みょうしょうじ)

日蓮聖人の足跡を訪ねる佐渡の寺、の最終回は妙照寺。佐渡市佐和田の山あいにある日蓮宗のお寺。日蓮聖人が佐渡に流されていた間、およそ2年間を過ごした地。当時は地元の一ノ谷(いちのさわ)入道の阿弥陀堂だった。阿弥陀堂のあった場所には、日蓮聖人が使ったという古井戸があり、今でも水が湧き出ている。
境内でひときわ目を引くのは、建立されて300年以上たつという茅葺きの本堂、そして大曼陀羅御本尊の碑。『大曼陀羅御本尊』は南無妙法蓮華経を中心に、仏の名を配した文字による曼陀羅。日蓮聖人の法華経に対する根本思想が具現化されている。さらに『歓心本尊鈔』も著し、ここで日蓮聖人が本懐を遂げたといわれる仕事が成された。妙照寺は佐渡のみならず、日本で日蓮聖人の足跡・功績を辿るとき、欠かすことの出来ない寺院だ。

★住所  佐渡市佐和田市野沢454
★電話  0259-52-2435

◇仏事の泉・・・『仏具のいろいろ』

hotoke_081216.jpg●妙宣寺(みょうせんじ)

佐渡市真野にある日蓮宗の本山。開山は日蓮聖人に生涯尽くした阿仏房(あぶつぼう)日得上人。阿仏房は妻の千日尼とともに、佐渡での日蓮に最初に帰依した人。しかし最初は念仏を信仰し、他宗派を否定して佐渡に流されてきた日蓮を仏敵として殺そうとしたが、その人徳に圧倒され弟子になったのだという。日蓮には鎌倉幕府から、着物と食べ物を与えてはいけない、と、命令が来ていたが、阿仏房は禁を破り給仕をし続け、日蓮が赦免され身延山に移ってからも、三回もかよったと伝えられている。そんな阿仏房が開山の寺・妙宣寺は、茅葺きの仁王門をくぐると重要文化財指定の五重塔がある。江戸時代の建立で新潟県では唯一の五重塔だ。その先には『阿仏房』の額が掲げられた山門、そして広い境内の奥に本堂がある。観光客の絶えない古刹だ。

★住所  佐渡市真野阿仏房29番地
★電話  0259-55-2061

●仏事の泉・・・『唐木仏壇」とは?』

hotoke_081209.jpg●根本寺(こんぽんじ)

日蓮聖人の足跡を訪ねる佐渡の旅、2回目は根本寺。根本寺は日蓮聖人が佐渡で最初に住んだ場所。今でこそ佐渡で一番といわれるほど、広大な敷地を持つ寺院だが、当時は死人の捨て場だったといい、日蓮の住まいは柱は傾き壁もなく、と伝えられている。その場所は今、寺内の戒壇塚として訪れることができる。法華経以外の他宗派を邪宗と断じた日蓮のもとへ、全国の他宗の僧侶たちが押しかけ、宗教論争を仕掛けた、それが『塚原問答』である。日蓮はどんな問いにも、立て板に水の如く明解に答えたという。また、正しい法華経のありかたを示した『開目鈔』を著し、その後の日蓮宗の根本を成した。この地にはおよそ半年ほど住んだが、その間、何度も命を狙われたという、あるとき差し入れられた食べ物には毒が盛られていて、それを食べた犬が日連の代わりに死んだという。今、その犬の霊は『犬塚』として寺内に弔われている。

★住所  佐渡市大野1837番地
★電話  0259-22-3751

◇仏事の泉・・・『金仏壇とは?』

hotoke_081202.jpg●本行寺(ほんぎょうじ)

佐渡市・小佐渡の南岸、松ヶ﨑にある日蓮宗の寺。日蓮聖人が流刑になり、着島した場所にある本行寺は、その当時、他宗派の寺だったと云う。そのため日蓮聖人は、最初の配所地・塚原の三昧堂に行く前、寺近くの大ケヤキの洞で、三日三晩、雨露をしのいだと云えられている。そのケヤキは『おけやき』と呼ばれ,地元で親しまれている。現在のケヤキは2代目だが、それでも樹齢500年あまりの老木で、『日本の巨木』にも選定されているが、近年、枯死が心配されている。そのため『おけやきを守る会』が結成され、その保護にあたっている。
ところで本行寺は、日蓮聖人が赦免された後に建立された寺。塚原の三昧堂にいた日蓮聖人のところに、他宗派の僧侶たちが押しかけ、問答を仕掛けたが、すべて論破したという。これが世に言う『塚原問答』、問答に負けた他宗の僧侶の中には、日蓮聖人に帰依し、改宗した者もいた、本行寺もそんな寺の歴史を持つ。

◯住所  佐渡市松ヶ﨑1201
◯電話  0259-67-2416

◇仏事の泉・・・『仏壇の意味』