hotoke_100903.jpg●慶誓寺(きょうせいじ)

 住所 新潟市北区木崎295(新新バイパスの競馬場インターを降り早通方面へ直進、新潟北警察署の近く)

東本願寺。真宗大谷派。本尊は阿弥陀如来。江戸時代今からおよそ290年前に木崎のちに根をおろす。現在の寺は平成4年に移築された。移築とともに本尊の阿弥陀如来は照明で色鮮やかに輝くようになった。赤・紫・緑・青などに変化する照明に本尊が輝く。住職がよりビジュアルに見て欲しいとのこだわりで始めた。
境内の脇には躰道(たいどう)の道場がある。学生時代から躰道を学んだ住職が地域のみなさんとの交流を目的に始めた道場だ。小中学生を中心に80人ほどの地元の方が通う。子どもたちは技だけではなく礼儀作法も学ぶ。ちなみに住職の段位は6段。

hotoke_100827.jpg●光榮寺(こうえいじ)

 住所 糸魚川市大字能生685‐62(北陸自動車道 能生ICを降りておよそ5分。国道8号を能生漁港に向かって進むと右側の丘の上にあります)

真宗大谷派。本尊は阿弥陀如来。1599年に創建されたが江戸時代の中期に火災で焼失。50年の歳月をかけて建立する。250年ほど前の本堂が今も使われている。本堂は全体がサッシで覆われている。これは海が近いので塩害を防ぐための工夫。

寺の隣には保育園が建つ。副住職の老野生(おいのしょう)一義さんは保育園の園長を兼務。遊戯室には阿弥陀如来が飾られ園児たちは週に一度数珠も持って手を合わせる。数珠は園児が自分で作る。

hotoke_100820.jpg●円照寺(えんしょうじ)

 住所 糸魚川市寺島1-11-58(北陸自動車道、糸魚川ICを降りて日本海へ直進、姫川港のすぐ近く)

 「真宗大谷派」のお寺。本尊は、「阿弥陀如来」。
1775年江戸時代に創建されたと言われている。現在の本堂は明治時代に建てられた。住職を務めて5年目の藤島直さんは38歳、先代から寺の新聞を毎月発行し檀家に配布している。記事は浄土真宗の教えや寺の連絡事項、月々の話題など。最近の大きな話題は昨年の夏に朱鷺が1羽飛来し、2週間ほど境内の松で過ごす。朱鷺が飛来した目出度い寺です。

hotoke_100813.jpg

●寶傳寺(ほうでんじ)

 住所 糸魚川市清崎1-5(JR糸魚川駅から歩いて5分。糸魚川市役所のすぐ近く)

 「高野山真言宗」のお寺。開山は1646年(江戸時代初期)。本尊は、「金剛界大日如来」。真言宗は日本の仏教の宗派の中で、最も多くの宗派に分かれている。大きく分けると弘法大師の直系的な古義真言宗と真言宗中興の祖、覚ばん上人の教えを元にした新義真言宗に分けられる。さらにそこから分裂派生し、主な宗派だけでも18ある。高野山真言宗は、古義真言宗に属し、新潟県内では、わずか17か寺のみである。
 本堂の奥には、仏の智慧を表わす「金剛界曼荼羅」と仏の慈悲を表わす「胎蔵界曼荼羅」が祀られている。寶傳寺は、以前は海の近くにあり、海上安全をつかさどるお寺として信仰を集めてきた。


☆仏事の泉「墓参りと精霊火(しょうりょうび)」

hotoke_100806.jpg
●善導寺(ぜんどうじ)

 住所 糸魚川市清崎10-3(JR糸魚川駅から歩いて10分。糸魚川白嶺(はくれい)高校のとなり)
 電話 025-552-0187

 「浄土宗」のお寺。開山は1543年(戦国時代)。本尊は、「阿弥陀如来」。
 かつては、北陸(新潟、富山、石川、福井)の浄土宗の本山だったお寺。昭和7年の糸魚川大火で全焼、本尊は何とか運び出したものの、本堂などは全焼してしまい、今の場所に再建された。建てるにあたって耐火性、耐震性に重点が置かれ、鉄筋コンクリートの3階建てに設計され、昭和38年に完成した。当時は鉄筋の寺院など例がなく、また、近代的でモダンなデザインの外観は大変な注目を浴びた。
 寺宝は「釈迦涅槃絵」。制作年代は不明だが、大変大きく、立派な掛け軸である。注目すべきは、絵ではなく全て刺繍で作られている点。年に一回、お釈迦様の命日(2月15日)に本堂に飾れ、大勢の信者が集まる。


☆仏事の泉「お盆を迎える」

hotoke_100730.jpg●善宗寺(ぜんそうじ) 住職は松本雅裕さん

 住所 佐渡市河原田諏訪町105(旧佐和田町の町中、裁判所の近くにあります)
 電話 0259-52-2511

 

室町時代、佐渡を治めていた武将、本間高統の子孫が出家して開山したと伝わる。海岸にほど近い善宗寺は、江戸時代から漁師達の信仰を集め、本堂正面には魚と波の彫刻を施した3枚の欄間が奉納されていている。裏には船の名前、伊藤丸と記してある。本堂の中には親鸞画が2枚あり、1枚は本堂内では珍しい「仏間」に掲げられている。

 

☆仏事の泉は「お盆について」

hotoke_100723.jpg●智光坊(ちこうぼう) 住職は高野智哉(ちさい)さん

 住所 佐渡市大倉谷71(旧真野町、西三川ゴールドパークの近く)
 電話 0259-58-2322

 開山は平安時代。御本尊は千手観音。寺一番の自慢は、金毘羅堂の全面に彫られた彫刻。 佐渡の名工、高野甚左衛門と弟子達の作品で、県外からの見学者も多い。龍、麒麟、天女などさまざまなものが彫られている。山門には大黒様と恵比寿様が彫られており、境内に入ると福があると考えられている。いずれも江戸中期の作品。なお、本堂にも恵比寿様の絵があり、こちらは旧1万円札の聖徳太子を描いた馬掘法眼の作品。

☆仏事の泉は「僧侶の呼び方」です。

hotoke_100716.jpg●東光院(とうこういん) 住職は加藤龍久さん

 住所 佐渡市新穂長畝1630(佐渡トキ保護センターの近く)
 電話 0259-22-3837

 

開山は平安時代。山号の龍亀山は佐渡に流された順徳上皇が名付ける。寺の入り口では、一生に一度だけ、願いを叶えてくれるという「願かけ大地蔵」が出迎える。境内の奥の院には、松の大木からできた3トンの男性のシンボル「子王大権現堂」が祀られている。子王とはネズミのことで、子孫繁栄や安産にご利益ありとされる。

 

☆仏事の泉は「戒名と法名」

hotoke_100709.jpg●称光寺(しょうこうじ)

 住所 佐渡市宿根木468(石畳の小路をずっと進んだところ、宿根木集落の一番奥にあります)
 電話 0259-86-3118

「時宗(じしゅう)」のお寺。開山は、1355年(南北朝時代)。本尊は、「阿弥陀如来」。脇侍は観音菩薩と勢至菩薩(せいしぼさつ)で「善光寺式阿弥陀三尊」となっている。時宗は全国的にも少数の宗派で、佐渡には3カ寺のみとなっている。宗祖は鎌倉時代の僧侶「一遍上人(いっぺんしょうにん)」。「南無阿弥陀仏」を唱えさえすれば、信仰の有無にかかわらず、救われると説いた。念仏を唱えながら全国を布教して回ったので、「遊行上人(ゆぎょうしょうにん)」とも呼ばれる。鉦(かね)や太鼓を打ち鳴らし、念仏を唱えながら踊る「踊り念仏」が行われるのも時宗の特徴。寺宝として、江戸時代、宿根木出身で時宗の総本山第42代住職になった「南門(なんもん)上人」直筆の掛け軸が大切に保管されている。「南無阿弥陀」と書かれていて、笹の葉に似た独特の書体であることから「笹名号(ささみょうごう)」ともいわれている。年に一回(12月)、本尊の前に飾られ、信者に公開されている。地元の人たちが毎日のように生花を供えていくので、境内には花が絶えることがない。

 

☆仏事の泉は「供養について」

hotoke_100702.jpg●真禅寺(しんぜんじ) 真言宗智山派

 住所 佐渡市大久保90(両津港から真野湾に向かう途中を左折)
 電話 0259-66-3232

 開山は、今から約830年前の平安時代末期、養和元年(1181年)とされる。本尊は、「不動明王」。
 開基(お寺を開いた人)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての僧侶「文覚上人(もんがくしょうにん)」と伝えられている。歴史上の有名な人物で、袈裟御前との悲恋物語でよく知られている。元々は武士で、出家前は遠藤盛遠(えんどうもりとお)という名であった。同僚の妻である袈裟御前と恋に落ち、その夫を抹殺しようと、夜、家に忍び込み、布団の上から刀を突き刺す。ところが中にいたのは袈裟御前。夫を死なせるのは忍びないと身代わりになったのである。愛する人を失い、罪の深さを悔やんだ盛遠は、出家した・・・その後、源頼朝に引き立てられ、鎌倉幕府の要職に就いたりしたが、頼朝の死後、さまざまな政争に巻き込まれ、佐渡に島流しとなった。
※出家時の袈裟御前とのエピソードは、小説や映画になり、長谷川一夫が盛遠を演じた映画「地獄門」は、カンヌ映画祭でグランプリを獲得している。
 真禅寺の本尊の脇には、文覚上人の位牌が祀られている。また、寺の裏奥にある「鍋倉の滝」は、上人が修行したとされる場所で、手彫りの石仏「不動明王」や腰をかけたと言われる「座禅木」が今も残され、当時に思いをはせることができる。


☆仏事の泉は「ペットを弔う」