三国街道/湯沢①芝原峠~八木沢
江戸時代には参勤交代にも利用された三国街道。
群馬との県境に位置し、宿場町として栄えた湯沢町を訪ねる。
●芝原峠…湯沢の街が一望できる峠で、中腹には上杉景勝の命により築城された荒戸城跡が残されている。
●八木沢口留番所…荒戸城の要所として栄えた麓の八木沢集落。ここに建てられたのが、街道を行き来する人や物資を取り締まる為の関所、口留番所である。残念ながら火災により現在はその痕跡を見る事はできない。
●八木沢観音堂…創立年代は不明だが1755年の集落地図にはすでに記載されている。上田三十三観音霊場の第十四番札所で、堂内には集落の方が奉納したと思われる旗が見られ、大切に祀られている様子が伺える。
●仏事の泉…「お墓の基礎知識③ ~お墓の構造~」
●新発田城…西暦1598年に初代新発田藩主溝口秀勝により築城。以来、明治までの274年間に渡り溝口家が城主を務めた。新発田城は一般に多くある山城とちがって、平地につくった平城なのが大きな特徴でもある。城を支えている石垣は「切込はぎ」と呼ばれる工法で造られ、石と石の間に隙間が無く大変美しい並びをしている。また、表門と旧二の丸隅櫓は昭和32年に国の重要文化財にも指定され、史跡としても大変貴重な存在になっている。平成16年には新発田城のシンボル「三階櫓」と「辰巳櫓」が復元。中でも、天守閣の代わりを果たしていた三階櫓は、3匹の鯱を配するという独特の櫓で、全国にも例がない大変珍しいものです。
●清水園…新発田藩主溝口家が代々、保養や接待に用いた下屋敷で、書院や庭園、茶室、武家屋敷、足軽長屋などを見学できる。約4600坪の広大な敷地に御殿が建設されたのは1666年の事で、以来27年もの年月を経て完成した。国指定名勝になっている庭園は幕府の茶道方をしていた縣宗知(あがたそうち)を招いて築造され、現在も四季折々の姿を楽しませてくれる。
●水原代官所…1746年に水原城があった地に建てられる。支配地は現在の阿賀野市をはじめ北蒲原や南蒲原などかなり広範囲に渡り、10万石近い支配高があった。当時の主な産業でも有る米に江戸幕府が目を付け直轄領とし、代官所を建てたと云われている。年貢の徴収や民政の中心的役割を担い、22代にも渡り天領として発展してきた。中でも19代の代官、小笠原信助は名代官を呼ばれ学問を推奨。代官所内に学問所「温古堂」を設け、現在の水原教育における基礎を築き上げた。後に小笠原代官が亡くなると、領民は小笠原大権現として石碑に祀り、大切に崇めたと云う。