先週、私は単独で宮城県に生まれて初めてボランティア活動に行ってきました。

仙台市に泊り、石巻市に一日、岩沼市に三日間通い、主に民家の瓦礫撤去とヘドロ掻き出しをしてきました。
例えば、岩沼市ですと、ボランティアは現場監督リーダーを決めて十人程のチームで出動。現場では、リーダーが依頼主のお宅の方から話を聞いて何を優先的にやるか考え、例えば、家の裏の瓦礫撤去に三人、スコップ二本と一輪車一台、畑のヘドロ掻き出しには六人、スコップ四本と一輪車二台などと、人員と道具の配置を指示して作業が始まります。
私も二度リーダーを経験しましたが、効率よく作業を進めるために相当頭を使いました。地元の方に「遠くから来て、私たちの街のために頑張って頂いて本当に有難くて」と、大粒の涙を流しながら言われた時は、本当に来てよかったと思いました。
ただ、一軒のお宅の作業時間は一回二時間。どのお宅でも依頼された作業を全て終わらせるのは不可能で、作業は翌日別のチームに引き継がれます。
私が行ったある農家は「ボランティアの方に来て頂いたのはこれで二十二回目」とおっしゃっていました。復興などと言うのは簡単ですが、後片付けが終わらなければ復興は始まりません。被災地は今復興の途中ではなく、復興前の後片付けが始まったばかりの状態です。一軒のお宅でさえこれだけ手間がかかるのですから、復興が始まるまで膨大な時間と労力がいる事を私も身を以って実感しました。

kondo20110521.jpg広大な被災地のどこかで、今日もボランティア戦士たちが気の遠くなるような作業に汗を流しています。暑い夏が近付いています。彼らにどうか声援を送って下さい。
そして、最後に、新潟も彼らの奉仕があったからこそ数々の災害を乗り越えられた。新潟県民として、その事も絶対に忘れてはならないと再確認した次第です。